第17話 エンカウント

注意をしつつ、森に近づいていく。

流石に今回は雑談交じりにとはいかず、無言での前進となる。

木々の群れが近づいてきて、地面の色も変わってきた。

これ以上進むと、森の中へ入ることとなってしまうか。


「よし、このあたりで黒草履を探そう。少し地面も湿っているから、湿気を好むあいつらならこの辺にいてもおかしくない」

「分かった、探してみるよ」


小声のエフテルがアルカの方を見て頷き、妹も頷き返した。

こそこそと移動しながらきょろきょろしている姉妹の後ろをついていく。

時折森の中の様子を覗くが、たまにセルの進化系が見えるくらいで、危険な生物は見当たらなかった。

まあ、目視できるほどの距離に見つけたら、一目散に逃走することになる。

いずれ森の中に入るような依頼も来るだろう。そのときまでに力をつけておかなければ。


「いったーーーーーーーーーーー!」

「なんだ!?」


無言で移動していたからこそ、エフテルの叫びはかなり大きく聞こえた。

顔をそちらに向けると、尻餅をついているエフテルが目に入った。足元には黒草履がいる。なるほど突撃されたわけだ。


「この!」


立ち上がったエフテルが針を投擲するが、黒草履の表皮は固いため、はじかれてしまった。


「私がやる」


アルカが黒草履の平べったい背中に細剣を突き立てる。切っ先が数センチ背中に刺さる。


「guee!」


黒草履が悲鳴を上げて、今度はアルカに突撃した。

アルカは前に飛び、突進を避ける。


「エフテル、黒草履はお腹側が柔らかいから、ひっくり返してやれ!」

「分かった!」


今はターゲットになっていないエフテルが、横から手を差し込み、コロンと黒草履をひっくり返す。


「アルカ!」

「まかせて」


ひっくり返った瞬間に、アルカが再び細剣を突き立てる。今度はすんなりと刃がとおり、黒草履は少し暴れた後に動かなくなった。


「こいつめ、あたしの弁慶の泣き所に突撃しよってからに!」

「お姉ちゃん、すごい声だしてたね、くくく…」

「何とか倒せてよかった。あのように黒草履は平べったいから草に隠れて見えないこともある。注意しろよ」

「もっと早く言ってよ…」


涙目のエフテルが、黒草履の尻尾を持って、簡易キャンプに向かおうとした。

そのとき、森から聞き覚えのある音が聞こえた。


「なに?このピリリリリって音…?」


エフテルが足を止めた。


「すぐにここを離れるぞ!」


俺は2人に叫んだ。


「え、え?獲物は?」


アルカはすぐに反応したが、黒草履を持っていたエフテルはそれをどうすればよいか迷って動きが遅れた。

今の音は、近くに興奮状態の獣がいると鳴き出す騒慌虫の鳴き声だ。それが近くで聞こえたということは、興奮した獣が近くにいるということになる。

ガサガサと草を搔き分ける大きな音が近づいてきている。何が現れるかは分からないが、エフテルを守らなければ。

俺がエフテルより前に出たのと、森から獣が飛び出してくるのはほぼ同時だった。

その獣と目が合う。

2mほどの大きな丸い体から伸びた太い首。そして一番特徴的な1mを超える横に大きな口。

危険度3の獣、球吐き鳥だ。

相手の注意は俺に向いている。このままこちらに突進してくるだろうから、それを盾で受け流して、俺も逃げよう。

エフテルは逃げただろうか、確認する…なぜあいつは針を抜いている!?


「撃つな!」

「師匠から離れろ!」


俺とエフテルが叫んだのはほぼ同時だった。

エフテルは叫ぶと同時に針を投擲、球吐き鳥の口に命中した。俺への突進が止まり、エフテルの方へ方向転換する。

球吐き鳥の突進はまともに受けると馬車に追突したほど衝撃だ。草原から森側の方向へ繰り出されたその突進はエフテルを追い詰めていく。


「逃げろエフテル!」

「もちろん逃げる!」

「あ、おい!!!」

「お姉ちゃん!」


球吐き鳥の突進に追われるようにエフテルは森の中へ走っていく。アルカが追いかけようとするが、俺はその手を掴んだ。


「ダメだ、行くな!」

「お姉ちゃんが危ないの!」

「そんなの分かってる!でも今森に入るのは自殺行為だ

!」


もうすぐ日が落ちる。何がいるかわからない森に夜侵入するのはあまりに危険すぎる。


「お姉ちゃんは師匠を守ったせいで追われてるのに!」

「それは…」


そうだ、アルカは俺の代わりに獣に追われている。俺のせいだ。

片腕でもあの程度の獣ならやり過ごすことはできる。だがエフテルから見れば俺は片腕を失った元狩人で、戦場においては弱者だと思われていた。信頼がなかった。

口だけでなく、もっと今の俺の実力を示すべきだった…!

いや、今は後悔している時間はない。今やれる最善の行動を取るべきだ。


「もう一度言う、今森に入るのは危険だ。俺は2人を失うわけにはいかない」


俺が手を放しつつ、アルカにゆっくりと伝えると、彼女は普段の無表情が噓のような表情で俺を睨んだ。


「お姉ちゃんを見捨てるの?」

「違う、エフテルを救うための行動をこれからとる。日が落ちる前にやらなければいけない、時間がないんだ」


俺はひるまずに睨むアルカの目を見つめた。

数秒時間が経過。

アルカがため息をついた。


「そうだよね、師匠がお姉ちゃんを見捨てたりしないよね。ごめん。何をすればいい?」

「信じてくれてありがとう。これから、まず可能な限りセルを集める。日が落ちる前に、ここに積む」

「うん、分かった」

「俺は簡易キャンプから必要な道具を持ってくるから頼んだ」


アルカが頷いて、草原に走っていく。

まだ日はギリギリ落ちていないので、何匹かは集められるだろう。

俺は簡易キャンプに行き、最低限必要なものだけを荷車に積んで、合流地点に急いだ。

合流場所には既に6匹ほどセルが積まれていた。アルカはいないので、まだ探しに行っているのだろう。

入れ違いになっても困るので、俺はここで道具を作ることにした。

固形化した、ゆっくり燃える魔燃料を砕き、容器に入れる。セルは運びやすいようにロープを通して、1列にした。核は傷つけていないので、まだ生きている。

作業をしていたが、手元が見えなくなってきた。もう夜と言っても良い時間だ。

そろそろアルカは戻ってくるだろうか。


「これくらいで足りる?」


ちょうどアルカが戻ってきた。さらに5匹くらいのセルを抱えている。


「足りるようにする。運びやすいようにこのロープに通しておいてくれ」

「分かった」


黙々と2人で作業をし、完全に暗くなる前になんとか準備を終えることができた。


「それで、これから何をすればいいの?」

「森の外周を回りながら、セルを爆破し、獣の気を引く」


あの球吐き鳥は、恐らく黒草履と俺たちのやり取りえを聞きつけてやってきたのだと思う。であれば、もっと激しい音を立てれば気を引けるかもしれない。

まあ、流石に森の深いところまで音は届かないだろうから、エフテルが森の奥まで入っていないことを祈る。


「獣の気を引きつつ、エフテルに俺たちの存在を知らせることができるだろう」

「師匠、そしたら火を焚いたりしたほうが目立つんじゃ?」

「それはだめだ。移動しながらじゃないと、もっと危険度が高い獣が釣れたときに俺たちが危ない。それと、火を好む獣もいるから、それも危険だ」


火好猿やそのボスの炎愛猿がやってきたらエフテルとの合流どころではなくなる。


「じゃあ、早速やっていこうか」


俺は1匹のセルから核を抜き、皮を破いた。

核を抜かれたセルは絶命し、液体となる。この状態の魔燃料はカートリッジに使われるように爆発する性質を持つ。


「火をつけるの?」

「そしたら俺たちも吹き飛ぶだろ…」


先ほど砕いた固形の魔燃料を1mほど線状に撒き、先端に火を付けた。

ゆっくりと液体部分に向かって固形の魔燃料が燃えていく。


「なるほど、導火線だ」

「そのとおり。じゃあ、爆発する前にここを離れるぞ」


爆破地点が目視できるぎりぎりの距離まで離れて、爆発の瞬間を見守る。

あまり待たずに液体の魔燃料に引火して、炸裂機構を作動させたときのような爆発が起こった。


「お姉ちゃん、気づいてくれるかな」

「分からない…。エフテルが気づかずとも、球吐き鳥や他の危険な生物が気を取られてくれればいいんだが…」


ただ、この作戦は正直言って一か八かの作戦で、危険だ。刺激された強力な獣が草原に出てきてしまうかもしれない。なわばりの外に獣が出ることは少ないが、立て続けに異変が起これば動き出す可能性もある。それがエフテルと鉢合わせたら最悪だ。

ただ、何もせずに待っているわけにもいかない。少しでも助けになれるように動かなければ。


「次は?」

「少し時間を明けてから、別の場所で爆破だ。しばらくはここでエフテルが出てこないかを見張るぞ」

「分かった」


夜が明けるまでまだ時間はあるが、爆破可能な回数には限りがある。少しずつ使っていこう。

それで、もし夜が明けてもエフテルが戻らない場合、アルカだけを村に帰し、俺単独で森に侵入する。昼間になればアルカを一人で帰すこともできるようになるからな。

だが、しばらく待っても、エフテルは森から出てくることはなかった。

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