第42話 久しぶり、看板娘
村に戻ってまず最初に俺を待っていたのは、村長の熱烈なハグだった。死ぬかと思った。炎愛猿に握りつぶされたエフテルの気持ちが分かった。
その後村長のハグもとい攻撃の矛先は弟子たちに向いたが、何とか阻止した。
村長は泣いていたが、あれはきっと無事に帰ってきたことを喜んでいてくれていたんだと思う。
酒場に向かい、依頼の報告を行う。
緊急依頼ということで元々依頼料は高かったが、イレギュラーな2匹目ということで更に依頼料は増えた。
しかし、4人で割ることになること、またエフテルの治療費がかかることから、あまり手元には残らない結果になってしまった。
それともう1つ。
「今回の炎愛猿の素材を使って、装備を更新しようと思う」
俺はギルドに素材の査定をしてもらっている間に、食事をしている4人の前でそう言った。
「装備更新?」
そう首を傾げるエフテルの右腕は応急処置がされていて、添え木と包帯で固定されている。
安静にしていれば元通りになるそうだ。良かった。
話を戻そう。
「そう、装備更新だ。俺は今回、危険度3の獣の同時討伐を達成できたことを実績として、ギルドにお前らの昇級を掛け合ってみる。そうすると、今後は危険度4の獣と戦うことになるわけだ」
「なるほどね。それで武器を新しくしようってわけね」
エフテルが器用に左手で指を鳴らした。
「防具もな。今までは身軽さを重視して防具は最低限にしていたが、今回の件で認識を改めた。きっちり防具は装備するべきだ」
コウチやカーリは全身に防具を纏っているが、エフテルとアルカは胴体だけだった。
「え、動きにくくなる…」
「それじゃああたしたちの個性が死んじゃうよ!」
当然ブーイングが挙がるのも想定内だ。だが、俺は譲らない。
「防具があれば、そんなに痛い思いをしなかったかもしれないぞ。なあ、全治2か月の複雑骨折をしたエフテルさん?」
「うぐっ…」
「これから2か月は働けないなあ。妹に養ってもらうしかないなあ?」
「うぐぐ…」
まあちょうどこの間のストーンベリーの金もあるし、2か月くらいは暮らせるだろうけど。
「ということで、エフテルとアルカ。お前らは全身に防具を装備すること。これは決定事項だ」
「はぁい…」
渋々納得したエフテル。
「私も?」
こっちはいまいち他人事だな。
「アルカも。大丈夫、コウチみたいにガチガチの装備じゃなくても、獣の皮を使った防具なら防御力を上げつつ、今まで通り動くことはできる。もう俺はお前らが死にかけるところなんて見たくない」
「…」
じーっとアルカが俺を見つめる。俺はしっかりと見つめ返した。するとアルカは、ニコッと無表情に笑って頷いた。
「分かった。師匠が言うことに間違いはないからね」
「おう、任せとけ」
この全幅の信頼に応えられるよう、これからも日々精進だ。
と、いうことで。素材の査定が終わり、受付嬢に呼び出された俺たちは、今回は素材は売却しないことにした。
荷車に素材を乗せて、工房へ4人で向かう。
1人足りないのはコウチだ。彼は既に危険度4の獣の装備で武器防具ともに固めているため、装備更新は不要。ということで一足先に帰った。
カーリは防具は更新できるかもしれないが、正直今のままでもいい気がしている。金属製の防具だが、かなり上質な金属で作られた防具だ。下手な獣の素材よりも堅牢なつくりをしている。
という話をしたら、
「けっ、金持ちめ」
とエフテルが呟き、カーリに骨折した右腕を握られていた。
仲良くなったのは良いが、そろそろ負傷した腕を攻撃するのはやめな?
で、結局カーリもついてきた。
「2人とも炎愛猿の防具を作るだろ?あとは、エフテルの針はさておき、アルカの細剣は炎愛猿の爪で強化できたと思うんだよな」
伊達にマルチウェポンと呼ばれていたわけではない。大体どんな素材が何の武器になったかは記憶している。
「ま、その辺も工房で聞いてみよう」
俺の知識上では可能でも、アオマキ村の工房ではどうか分からない。その辺は直接確認するしかない。
工房は初めて来たときと違い、忙しそうに動いている。
武器や防具以外にも、鍋なども作っているからだろう。アオマキ村の生活基盤が整ってきた以上、そういう需要も生まれてくる。
相変わらずカウンターには見習い兼看板娘のハカがいた。退屈そうに肘をついて欠伸をしている。
「こんにちは」
俺が話しかけると、眠そうなまま、
「お?生きてたンか」
なんてことを言うんだ。
「元気だよ」
「ホントか?なんか元気そうじゃないヤツ後ろにいネ?」
ハカはじとーっとした目で、エフテルを見た。エフテルは少し恥ずかしそうに、腕を隠す。
「お前らがこの工房にセルを届けて早数か月…その後ほぼ全く顔を出してなかったカラ、てっきり死んだと思ってタ」
ため息をついたハカから、衝撃の言葉が飛び出した。
え?あれから一切工房に顔を出していない…?
「おいお前ら。球吐き鳥の後に、武器のメンテナンスしろって俺言わなかったか?」
「そいつら来てネーぞ」
呆れたように言うハカ。
エフテルとアルカは目を逸らし、
「だってお金かかるでしょ?」
なんてのたまった。
俺は思わずエフテルとアルカを拳骨した。
「いたいっ!」
「いた…」
「痛いじゃない!武器は自分の命を預ける大事な相棒だ!そのメンテナンスを怠ることなんて許されないことだ!もし戦闘中に折れたり、炸裂機構が作動しなかったらどうなる!?死ぬんだぞ!」
こいつらの守銭奴っぷりがここまでだとは思わなかった。
「どうしよ、し、師匠ガチで怒ってる…」
「おおお、おねえちゃんたすけて」
涙を浮かべながら右往左往する姉妹を見て、俺はため息を一つ。まあ、きちんと説明しなかった俺も悪かったか。
「殴って悪かった。でも、武器は大事にするんだ。これからは絶対だぞ」
「わ、分かりました!」
「ぜ、ぜったい…!」
分かってもらえたならそれでいい。
「カーリは…まさかこいつらとは違うよな…?」
「もちろんですわ。そもそもわたくしの武器は精密なものですから。依頼の度に見てもらっています」
「偉い!そうだ、それが本来あるべき姿なんだ!」
思わずカーリの両肩をガッチリと掴んでしまう。
「はぁう…お師匠様…」
「今後は2人もカーリを見習うように、分かったな」
「分かったけど、そろそろ話さないとお嬢様溶けてなくなるよ」
「は?うおっ」
カーリは涎を垂らしながら昇天しかけていた。お嬢様らしからぬ表情だが、大丈夫か。
「お師匠様が…私を絶賛して…肩を掴んで…あはぁ…」
…放っておこう。
「ンで?漫才はさておき、今日は何のようダ?後ろの荷物で大体わかるケドナ」
褐色肌のちっこい看板娘は、炎愛猿の素材を積んだ荷車を指さす。
「ああ、今日はエフテルとアルカに炎愛猿防具一式を作ってもらおうと思って来た」
「おお、炎愛猿を狩ったのカ。順調に強くなってんじゃねーか」
ハカは少し嬉しそうだ。
工房は専属狩人が持ってくる素材で武器や防具を作る。つまり逆に言えば、素材の持ち込みがなければずっと日用品を作り続けることになる。だから素材の持ち込みは基本的には喜ばれるのだ。
「いいねェ。親方に聞いてくるナ」
「あ、待ってくれ。もう一つ用件があって、確かに炎愛猿の爪って細剣になるよな?それも確認してほしい」
「オケオケオケオケ」
ご機嫌に工房の奥へ消えていくハカ。ただでさえアルカの細剣は短めに作ってもらっている。既存の武器加工にひと手間加える必要があるので、実現可能かどうかは確認が必要だ。
「もっと切れるようになるの?」
アルカに訊ねられる。
「切れ味も上がるし、火も起こせるようになる」
「おお、すごい。火属性の武器だね」
「…そうだな」
そんな話をしていると、ハカが戻ってきた。後ろから、身長2mを超えそうな他のマッチョとは一線を画すマッチョがついてきた。
「親方が直接話したいってサ」
「こんにちは、初めまして。この村の専属狩人の指導役をやっているラフトです」
「そういうのはいい。用件を話せ」
こちらの挨拶を無視して、失礼な人だ、とは感じなかった。なぜなら強面にも関わらず、目がキラキラしていて、前のめりだったからだ。
今回が初めての素材持ち込みだ。職人としては待ちに待った瞬間だったのだろう。
そういうことであれば、話を進めさせてもらう。
「この2人に炎愛猿の素材で防具一式を作ってほしい。無理かもしれないけど、防御力と動きやすさを両立させてほしい」
「動きやすさってのは、具体的にはどんな動きだ?」
どんな動き…。
「飛んだり跳ねたり、走ったり。あとは、隠密行動ができるように」
正直無理難題を言っている。防御力を上げるためには装甲をつけることになる。つまり重くなるし、動けば音が鳴るわけだ。それをなくしてほしいし、軽くしてほしいと言っている。
「ふふふ…ははははは!!特級狩人さんのオーダーってのはそんな夢物語みてえなもんを要求してくるのかよ!!」
カウンターを挟んでいるというのに、大声で吹き飛びそうになる。アルカなんか既に走って逃げ出して、遠くの物陰からこちらの様子を伺っている。
「無理か?」
「面白れぇ。こういうことがやりたくてこの開拓村に来たんだ!やってやろう!」
ムキムキの右腕が差し出される。俺が左腕を差し出すと、わざわざ左腕に入れ替えてくれた。ガッチリと握手をする。
「うへぇ~なんかキモ」
ハカが親方の隣で吐く真似をしている。俺はこういう職人さんは嫌いじゃない。
「あ、あと炎愛猿の爪を使って、細剣作れるか?今のと同じように、短めに、軽く」
「そんなのは朝飯前よ!任せな!」
こうして快く引き受けてくれた親方はこうしちゃいられねえと急いで工房の奥に消えていった。
「ハカァ!素材持ってこい!」
「はいぃ!」
奥から親方の怒鳴り声が聞こえ、ハカは慌てて俺たちが持ってきた炎愛猿の素材を持っていこうとする。
「…重くて押せネんだケド」
そりゃそうだ。
俺はハカの代わりに荷車を押していった。
「あれ、お金は?」
流石エフテル、やはりそこを気にする。
「こういうオーダーメイドは大体出来上がらないと金額が固まらないからな。ちょこちょこ工房に顔を出して、進捗とかも確認しなきゃない。採寸とかもあるだろうし」
「師匠の予想だとどれくらい?」
「全部合わせて500万クレジット行くか行かないかくらいじゃないか?」
まあ、危険度4の依頼で大体100万くらい稼げたりするから、5回も行けば元は取れる。
「…払えませんケド?」
「俺への借金が増えたな」
俺は笑いながらエフテルに言った。
今回は借金の話になっても、和やかな雰囲気のままだったのは、既に一度借金しているからか、それとも信頼されたからか。
後者だといいな。
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