第41話 剥ぎ取りチャンス

こういう大型の獣との戦いを終えた後にすることは、素材を剝ぎ取ることだ。今回は馬車で来ているが、流石に炎愛猿2匹は積み込めない。積み込めたとしても、炎愛猿の死体2匹と一緒に数日間の旅はご遠慮願いたい。


「剝ぎ取りの経験がある者は?」


俺が言うと、コウチとカーリは手を挙げた。流石世襲狩人と養成所通い。基本はしっかりできている。

エフテルとアルカは手を挙げない…というかエフテルは?


「あッ!!」


俺はとても大切なことを忘れていた。


「エフテルを拾いにいくぞ!」

「え、お師匠様もしやお忘れになられて…?」

「なわけないだろ。大事な仲間だぞ」


完全に忘れてた。埋葬して終わりになるところだった。


「お姉ちゃんはどこにいるの?」


アルカの心配そうな眼差しが俺の心をえぐる。


「こっちにいる。悪いがコウチはここで、この炎愛猿の剝ぎ取りをお願いしてていいか?」

「ああ、任せてくれ。ほっとくとすぐに小型の獣が寄ってくるからな」


ということで、コウチのみをその場に残して、3人でエフテルを埋めた場所へ行くことに。

カーリが俺の後を追えるように目印を付けながら進んだ道なので、戻るのも容易い。


「さて、この辺にエフテルを埋めたんだが…」

「埋めた!?お姉ちゃん埋まってるの!?」


おお、珍しくあのアルカが大声を。


「すぐに掘り起こしてやろう、な」


俺はアルカの肩をポンポンと叩いて、エフテルが埋めた場所を探す。

獣避けの香のおかげで辺りに獣の気配はない。相変わらず魔物もいない。

掘り起こしても良さそうだ。

お、ここだ。


「カーリ、アルカ、ここだ」


悪いが両手を使える2人に掘ってもらおう。


「お姉ちゃん…!」


そういえばアルカはエフテルが炎愛猿に連れ去られてからどうなったかを知らないのか。

だとすると、中々ショッキングな光景を目にすることになるかもしれないな。

エフテルの体の上に乗せていた土をどけると、全身血だらけ(に見える)のエフテルが意識を失った状態で現れた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」


アルカが必死になって揺すると、エフテルはすぐに目を覚ました。


「痛い痛いッ!え、アルカ!?ちょ、痛い、揺らさないで、右腕やばいんだって!」


起きた瞬間から元気な奴だ。右腕の止血は肉虫によってすでに終わっており、少しの間寝ていたことで体力も回復したのだろう。にしてもタフだが。

少しの後ろでその様子を見ていたカーリも、安心したようにひと息ついていた。


「ほら、エフテル。全部終わりましたわよ。早く起きてくださいまし」


カーリが手を差し出す。


「何よ急に馴れ馴れしくなっちゃってさ」


文句を言いつつも、エフテルはその手を握り返した。


「おお…?」


アルカはその光景を見て、驚いている。まあ、この前までの2人を知っていれば、手を握り合うことなどありえなかった。


「さて、エフテルを回収したことだし、こっちの炎愛猿も剝ぎ取るか」

「ですわね」


まだ炎愛猿は洞穴内に転がっているはずだ。

よろめくエフテルをアルカが支えながら、洞穴の中を進む。そんなに深くないところに、炎愛猿は倒れていた。


「お姉ちゃんが倒したんだ」


炎愛猿の顔に刺さっている針を見て、アルカが言う。


「そうだよ、あたしの炸裂機構がお嬢様の窮地を救ってッたーいッ!!ちょっとこっちは重傷なんですけど!」


偉そうにしているエフテルの右腕をカーリが小突いた。軽く触っただけでもあれは痛いだろう…。


「さ、剝ぎ取りますわよ」

「これからカーリが剝ぎ取るから、お手本にするようにな」


カーリが回転刃ではなく、剝ぎ取りようのナイフを手にしてしゃがみ込む。


「基本的に素材となるのは、肉と内臓を除いた部分だ。球吐き鳥のように特殊な臓器を持っている場合は別だけどな」


球吐き鳥は土を貯める胃と、それを固める胃液も素材になる。


「あと、必ず持ち帰らなければならないのは、その獣の一番特徴的な部位かな。今回で言えば、炎愛猿の爪だ。これは火を起こすことができる長い爪だ。特徴的だろ?」


俺が説明している横で、カーリがスイスイと捌いていく。なかなか上手だ。


「ナイフさばきが得意なお前らならこれくらい簡単だろ。代わってみるか?」

「うん、やってみる」


エフテルをカーリに預け、今度はアルカが炎愛猿の剝ぎ取りを行う。

肉から綺麗に皮を剥がし、内臓を傷つけないように取り出す。そして、骨から肉をそぎ落としていく。

これで、皮、骨、爪と基本的な素材となる。


「結構高いかな?」


エフテルが気にするのはいつもそこだ。


「まあ、球吐き鳥より少し高いくらいかな。今回は、それよりも依頼料がおいしいと思うぞ」

「依頼料?そんなに高かったっけ」

「2匹目の炎愛猿はイレギュラーだった。こういうときはギルドから追加で金が出る。こっちは命を懸けてるんだ。適当な情報で依頼を出されてはたまったもんじゃない」

」 

「なるほど、確かに死にかけたよ」


全員大なり小なり怪我をしているが、今回一番の怪我人であるエフテルが言うと実感が増す。


「ということで、帰ったらギルドから追加報酬をもらおう。金額は交渉次第だが、そのエフテルの右腕を見せればかなり有利に進むだろうな」


エフテルの細腕が、炎愛猿の握力に握りつぶされたのだ。骨の原型は留めてはいまい。


「はい、師匠。こんな感じでどう?」


アルカが切り分けた素材を並べて見せた。隣でカーリが、うまい…と驚いている。俺も驚いている。


「すごいなアルカ、完璧だよ」

「師匠、もっと褒めていいんだよ」


得意げなアルカを褒め、でもまだちょっとボディタッチはできない俺だ。


「よし、コウチも待ってるだろうから、俺らも撤収だ。エフテルは、歩けるか?もしきつそうなら俺が背負うぞ」

「え、えぇ…?んじゃあ…お願いしようかな…」


何故照れている。そういうキャラじゃなかっただろう。

俺はエフテルを背負い、カーリに紐で固定してもらう。エフテルはアルカと違って胸部がスリムなので背負いやすい。


「お姉ちゃん、もしかして…」

「しッ!アルカ、しっ!」


後ろで何かやっている。


「何してんだあいつら」

「やっとお師匠様の魅力に気付いたということですわ」

「へえ」


カーリの解説は話半分に聞き流し、俺たちは街道に向かっていく。

素材はカーリが持った。

街道に戻ると、綺麗にバラされた炎愛猿と、座って休んでいるコウチが待っていた。


「ホントに2匹いたんだな…これは補填案件だな」

「その話はさっきしましたのよ」

「いやそれ俺知らないから…」


相変わらずカーリから雑な扱いを受けているコウチだった。

素材や、罠の残骸、キャンプ用品など全てを馬車に積み込み、帰路に付く。

流石に今回は大変だった。

思い返せば反省点もある。

そもそもエフテルの身のこなしならば炎愛猿に捕まることはなかった。つまりあれは油断だ。

2人一組から4人一組になったことにまだ慣れきっていない。

まあ、エフテルが攫われたおかげで2匹目の炎愛猿が見つかったのだから、そこはお手柄というか、怪我の功名というか…。

言いたいことは山ほどある。

だが、4人とも無事に生きて帰ることができた。

それだけで今日は十分だった。

馬車の中を見れば、カーリとコウチは既に寝落ちている。

エフテルとアルカはこっくりこっくりと舟をこいでいた。


「お前らも寝ていいんだぞ。しばらくは俺1人で大丈夫だから」

「他人の前では寝ないって言ったでしょ…。でも、眠くて限界なのも事実…」

「なら寝ろよ」

「そだね、そうしようかな」


エフテルとアルカが御者台に座っている俺の両脇に移動してくる。


「おい」

「おやすみ、師匠…」


アルカは俺に頭を預け、一瞬で寝た。


「おい」

「んじゃ、あたしもおやすみ…」

「おい!お前昨日と言ってること違うだろ!」


こいつ昨日は俺の前でも寝るのはどうこういってたくせに。


「昨日と今日で、人の関係性が変わることなんてあるでしょ…おやすみなさい…」


それだけ言って、エフテルも俺に頭を預けて眠ってしまった。


「態勢が…、辛い…!」


俺は2人を起こさないように必死に姿勢を正しながら運転をする。


「はっ!?お嬢から負けヒロインの波動を感じる!!」


コウチが突然叫んだが、寝言だったようだ。


「ま、皆ゆっくり休め。お疲れ様…」


悪い夢、予感は外れてくれた。

俺はまた一つ、自分の中の何かが軽くなった気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る