第48話 炎愛猿の武器防具
ひと通りコウチの恋人の話で盛り上がり、オチもついたところで俺たちは工房へ向かう。
実はエフテルが療養中もちょくちょく顔は出していて、採寸や、進捗状況の確認はしている。
武器は既に出来上がっているし、防具も今日完成したと、また枕元に立っていたハカに知らされた。
毎度のことながら不法侵入してくるのは如何なものか。
「新しい防具、どんなのかな、かわいいやつだといいな」
「狩りに可愛さを求めるあたりがまだまだ素人ですわよね」
「なにー!?自分の防具はちょっとドレスみたいできれいな癖に、そんなこと言うんだ!」
「デザインも優秀な防具の条件でしてよ」
「私は…動きやすければなんでもいいかな」
心なしか3人とも足取りが軽い。新しい装備が楽しみなのだろう。分かる、分かるぞ。狩人をやっていて一番楽しい瞬間は新しい武器や防具ができたときだ。それに勝るものはない。武器や防具を作るために獣を狩っていた部分もあるくらいだ。
「師匠がすっごいドヤ顔で頷いてる…」
「お師匠様は、装備マニアでしたわ。きっと、お師匠様にも思うところがあるのでしょう」
「ちょっときもい?」
そんなこんなで工房に着くと、珍しく看板娘のハカではなく、親方が待っていた。
「待っていたぞ!」
「ふっ、親方の腕前、信用していいんだな?」
「あたりめえよ。特級狩人さまのお眼鏡にもきっと叶うぜぇ」
「そいつは楽しみだ…」
「がっはっはっは!!」
俺と親方は肩を組んで笑いあった。
「キメー」
「おおハカ、いたのか」
ハカは相変わらずの独特なイントネーションで俺たちに毒を吐きながら、出来上がった防具などをカウンターに乗せていた。全て布に包まれていて、中身を見ることはできない。
くっ、粋な演出だ…。
「こういうときの師匠って、マジできもいよね」
「わたくしは好きですわよ。幼い子供みたいで可愛いじゃないですの」
「でも、装備ができたヨって枕元で小声で呟くだけデ飛び起きンのは流石にきもいゾ」
「好きなものに全力なのはいいこと」
アルカが良い感じに締めてくれたところで、いよいよお披露目だ。
「見ろ、これがアオマキ村工房の技術と俺たちの魂を込めた傑作よ!」
親方の号令に合わせてハカが布を取り去る。あらわになったのは、2つの防具と1つの細剣。
細剣はアルカ用に短く加工されていて、最早大型のナイフといったような感じだ。両刃となっており、片方はギザギザと炎愛猿の爪のようになっている。あちらで切れば摩擦熱が生まれるというわけだ。炎愛猿の爪は白色だというのに、何故か刀身は赤い
。
「お、おお…。触ってみてもいいの?」
「もちろん、試してくれ」
親方が頷き、アルカが新しい細剣を手に取る。握り心地を試すようににぎにぎしたあと、逆手に持ち、素振りした後回転させて、腰にしまう。
「うん、軽いし扱いやすい」
「そりゃあなにより!」
親方もアルカも嬉しそうだ。俺も嬉しい。
「じゃ、次は防具だナ。着て見るのが一番早えダロ」
ということで、エフテルとアルカは防具を持ってハカと工房の裏へ。
「なんだか羨ましいですわね」
カーリが俺の横で呟いた。確かに、最初に用意されている装備が強力なので、今すぐ装備を更新する必要がない。
「でも、その防具はきっと危険度5の敵と戦うには心許ないし、そのころには更新することになるんじゃないか?」
「まだまだ先ですわね」
「まあ、そうだなあ」
危険度5の獣を狩れるようになるということは、3級になっているということ。流石に年単位の時間がかかるだろうな。
「その回転刃は強化の必要はないのか?刃の部分はただの金属に見えるが、例えばそこをもっと強力な獣の歯や爪に置き換えるとか」
「街のギルドで聞いてみないことにはなんとも…」
新武器というのも色々と厄介だな。何をするにもノウハウがない。
「今度、親方に聞いてみよう。ここの親方なら、きっと良い案を出してくれるさ」
元々今カーリが使っている武器だって、プロトタイプなのだ。もっと違う形の回転刃があってもいいだろう。
「ところでお師匠様。わたくし、実家で1度呼ばれた以降、名前を呼んでくださっていないようですが…まさかお忘れになりました…?」
カーリが俺の腕にしなだれかかってくる。
だが、最早カーリに関してはこれくらいでは動揺しない。
「みんなの前では呼べないだろう。それこそ2人きりじゃないと」
「い、ま、2人きりですわよ…?」
「分かったよ、カリシィル…これでいいのか?」
「あぁ…耳が蕩けますわ…」
カーリは地面にへたり込んで、トリップしてしまった。最近気づいたというか、学んだことがある。
カーリは色仕掛けに近いスキンシップを取ってくるが、本質は馬鹿だ。そう考えると、不思議と狼狽えることがなくなってきた。もちろん見た目は誰もが振り返るような黒髪の美人なのだが、中身がこれではな…。
「なに地面に座って震えてんの?おしっこでももらした?」
そう言って最初に出てきたのはエフテルだった。
「おおっ!それが新しい防具か!!」
炎愛猿の体毛と同じ焦げ茶色をベースとしていて、腕や足には赤いラインが入っている。正しく炎愛猿の防具、といった見た目だ。
全身ぴっちりと防具が覆い、ボディラインが見えないように毛皮でできた短いジャケットを着ている。これなら確かに動きやすそうだし、音もならない。
「えへへ、どうかな。似合う?」
少しはにかみながら、クルリとその場で回るエフテル。
「ああ、似合ってるよ!デザインもいいし!」
「そういうときは可愛いって言わなきゃ駄目でしょ、師匠」
お、アルカも出てきた。
アルカも同じ防具を身にまとっている。ぴちっとしたインナー部分がアルカの胸を押さえつけ、さらにジャケットも着ているため、本当に目立たず、目に優しい装備だ。
「ああ、2人とも可愛いよ」
「やったー!ありがと師匠!」
「…嬉しい」
ひと通り感想会が終わったところで、親方が満足そうに笑った。
「デザインも、動きやすさもそうだが、防御力にも注目だぜ。ハカ、これを」
「ええ、投げるンすか!?」
ハカに渡されたのは日用品のナイフだ。
流石に心配だが、この親方が言うなら大丈夫という安心感もある。
「え、えい!」
ハカが投げたナイフは、クルクルと回転しながら、エフテルの胸あたりに当たった。
「おお、無傷」
エフテルはナイフが当たった部分を触りながら感嘆の声を上げている。
一方アルカは、不満そうにエフテルの近くに落ちたナイフを拾い上げた。
「ナイフの投げ方がなってない。人を殺すなら、こう!」
さっきのハカが投げた時とは違い、高速で真っ直ぐ飛ぶナイフ。一瞬でエフテルの腹に突き刺さ…らない。
「おお、すごい」
「ねえアルカ!?今お姉ちゃんのこと殺そうとした!?」
「いや?」
「がはは、ナイフくらいなら通さねえよ。そんくらいの防御力は確保してある」
「すごいぞ親方、完璧じゃないか!」
「がっはっは」
俺と親方はガッチリと抱き合った。親方の汗が自分の服に染み込むのが分かるが、まったく不快ではない。今はこの素晴らしい防具を作った親方にただただ感謝を!
「うーん暑苦しい」
「でも実際すごいね、この防具。これでもう怪我する気がしないよ」
エフテルとアルカも満足のようだ。
「へえ、良い防具ですわね。街の装備屋にも引けを取らない。わたくしも試してみていいですか?…せいっ」
「うぐっ…!」
「あれ?」
カーリの腹パンがエフテルに通ったぞ?
「あー、獣の牙や爪、つまり斬撃には強いが、打撃は程々なんだ」
「なるほど、仕方ないなそこは」
さすがに完全無欠な装備なんて存在しない。それくらい俺にも分かる。それでもこの防具は凄いさ。
「ちょ、ちょっとあたしにも殴らせな?お嬢様?お嬢様~?」
「流石に謝りますわ、謝りますから、許してくださいまし!」
エフテルとカーリの追いかけっこが始まってしまった。
まあ、エフテルの素早さにカーリが逃げ切れるわけないから捕まるんだが。
「覚悟しろ!」
「いやぁ、野蛮人に殺されますわ!」
「エフテルー、カーリに悪気はなかったんだから許してやれー」
「一発、一発だけ殴らせて師匠!」
「仲間を殴るなー」
今日も賑やかだった。
それはそうと、この装備なら危険度4と戦っても負傷する可能性はぐっと減るだろう。
少し慣らしてから、いよいよ昇格依頼だ。
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