第44話 皆のお願いを叶えるよ

そういえば、炎愛猿討伐依頼のときに、一番活躍した者が俺に言うことを聞かせられるという話をしていたのを覚えているだろうか。

正直俺は忘れていたのだが、他の4人…特に女子3人は覚えていたらしい。

最早“四極”の皆で毎日酒場に集まるのはルーティンと化していた。

そこで、エフテルがこう言ったのだ。


「そういえば、炎愛猿にとどめ刺したのって、あたしだよね。負傷しながらも、気合で。MVPって、あたしじゃない?」


コウチの里帰りの話を聞きながら、和やかなムードだった空気が変わったのが分かった。


「え?実質とどめ刺したのはわたくしでしたわよね?」

「俺も1匹仕留めたな。でも、アルカさんがいなきゃ無理だったが」

「私も同志がいなければ勝てなかった。悔しいけど、MVPではなかった」


おいコウチとアルカの殊勝さを見習え最初の2人。

でも、この話になったとき、俺は自然に思った。

全員が一番活躍していたと。誰が欠けても勝てない戦いだった。

だから、


「全員の言うことを1つずつ聞くよ。それくらい皆頑張ったさ」

と、場を収めるためではなく素直に言えた。

「おお…」


コウチが拍手を始めた。

拍手すべきは俺だ。健闘を讃えた拍手をする。

次第にカーリ、エフテル、アルカも拍手に加わり、全員が拍手をした、


「あの…他のお客様もいますので…」


酒場の店員さんに怒られた。


§


「じゃあ、わたくしのお願いは、わたくしの実家に来てもらうことにしますわ!」


今日から今日からカーリが休暇を取る日なので、カーリも帰省するのは聞いていた。


「え、帰省についてこいってことか?」

「そうなりますわね!」

「街…だよな…?」


正直街には行きたくないんだよなあ…。ギルドに行けばメッツ村の元受付嬢もいるだろうし…。


「大丈夫ですわ。専用の高速馬車で、我が家に直通ですのよ。お師匠様のお知り合いなどに合わないよう、配慮は致します。どうしても、家族にお師匠様を紹介したいのです!」

「うーんまあ…そこまで言うなら…」


何でも言うことを聞くって言ってしまったしな。


「分かった。同行しよう。でも、正装も何も手元にないぞ?いいのか?」

「構いませんわ!お師匠様はいるだけで良いのです!」


こうして、カーリのお願いが決まった。

それから先はあっという間だった。

アオマキ村に見たこともないような馬車が迎えに来て、それに乗り込むと見たこともないような速度で走り出した。

アオマキ村から街までは前回5日ほどかけて行った。だが、今回はなんと2日で着いた。速すぎる。これが金持ちの力か。

カーリが言うことは噓ではなく、馬車の中、つまり俺たちは見えないようになっていて、そのまま街中を進んでいった。馬車が止まる。


「さ、もうわたくしの家に着きましたわ」


カーリに手を引かれて馬車を降りると、すごい光景が広がっていた。広い庭に、使用人が二列に並んでお辞儀している。まるで館まで続く人間でできた通路だ。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ええ」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ご苦労様」


口々に声をかけられ、優雅に返事をする。俺はその後ろを小さくなりながらついていった。

とんでもなく長く感じた庭を抜けて、家…というより最早城のような建物に入ると、これまた使用人たちが頭を下げている。

というか、この建物見たことがある。この街で一番大きな屋敷で、一番の金持ちが住んでいると噂されていたたてものだ。街のどこにいてもその建物の一部が見えるほどに大きな建物は、一種の観光スポットと化していた。

そんな建物が、カーリの家…。なんかお腹痛くなってきた。


「おお、よく帰ったな!カリシィル!」


使用人ロードの一番奥から出てきたのは、見るからに偉そうなおじさん。あれがカーリのお父さんか。


「ただいま帰りましたわ、お父様!」


カーリは走り、そのまま父親に抱きつく。


「おやおや、お行儀がなっていないな、カリシィル」


てかカリシィルって誰だよ。

そして俺を置いていかないでくれ。広い広間のど真ん中に未だに突っ立っている俺だった。汗が止まらない。


「ああ、ごめんなさい」


カーリが戻ってきて俺の手を引く。そして、カーリの父親の前に立たされた。


「お父様、この方がラフト様。今のわたくしのお師匠様ですの」

「おお、君が。話は聞いていたよ。よく来たね。歓迎しよう私はダーシー家当主のアーシだ。よろしくな、ラフトくん」


右腕を差し出される。あ、握手かな…。

一瞬悩んでいると、


「ああ、すまない。そうだったね」


とアーシさんが手を入れ替えてくれた。

ああ、そういえばギルドに強い影響力を持っていて、俺のことも知ってるんだっけか…。

左手で握手をし、ハグをされる。


「大変だったね…。詳しいことはレイくんから聞いている。短い間だが、我が家でゆっくりしていってくれ」

「レイ?レイって、俺の、あ、いや、私の相棒のレイですか?」

「そうだよ。彼の話はまた今度にしよう。長旅で疲れただろう。今は休んでくれたまえ。誰か!ラフトくんの案内を!」


アーシさんが言うと、シュババッと使用人たちが動き、1人のメイドが俺の前で一礼した。


「ラフト様がこの屋敷に滞在する間、お世話をさせていただきます、アウコと申します。何なりとお申し付けくださいませ。では、まずお部屋に案内させていただきます」


スタスタと歩いて行くアウコさんの後をついていく。その俺の後ろをニコニコとカーリがついて来る。


「では、お部屋はここになります。何かありましたら、お部屋の中にあります呼び鈴を鳴らしてください。すぐに私がかけつけますので。それでは失礼いたします」


アウコさんは一礼をして、足早に去ってしまった。

扉を開けると、アオマキ村の俺の家4個分ほどの広さの部屋だった。とりあえず端っこのほうの椅子に座ると、カーリが隣に座った。


「なんか、す、すごいな、カーリの家は」

「そうですか?私はこれが当たり前で過ごしましたから…それよりも、わたくしのことはカーリではなく、ここにいる間はカリシィルとお呼びください」

「カリシィル?」

「カリシィル・ダーシー。それがわたくしの本名ですわ。カーリはあくまで、皆さんに合わせた名前ですので。我が家でくらい、尊敬する人には本当の名前で呼んでほしいのですわ」


そうか、金持ちは名前が長いんだった。すっかり街の常識を忘れている。まあ、本名で呼ぶくらいいいか。


「分かったよ、カリシィル」

「はぁん…!お師匠様が、わたくしの名前を…」


呼ぶのやめようかな。


「で、どうして俺を連れてきたんだ?まさか親に会わせるためではないだろう?」

「いえ、結婚するのであれば顔合わせは早い方が良いかと思いまして」

「おい!?」

「半分冗談ですわ」

「勘弁してくれ…もう今の俺は慣れない環境でまいっちまったよ」

「ふふふ、珍しいお姿を拝見させていただきました」


クスクスっといたずらっ子のように笑うカーリは可愛い。


「まあ、その辺は食事のときにでも、お父様からお話ししていただきましょう。お師匠様とお話しするのを、お父様も楽しみにしていましたから」


そう言って、カーリはゲストルームを後にする。


「あ、メイドはエッチなことにも応えてくれますけど、もしそういうことをするときは是非わたくしをお呼びくださいましね」

「しねえし呼ばねえ!」


やはり実家だと伸び伸びとするのだろうか。いつもよりカーリ疲れ…浮かれている気がする。

それとも何かこれから楽しみなことがあるのか…。


「でもいいや、疲れた。寝る」


俺はベッドに横たわる。

上質なベッドはこんなに柔らかいものなのかと感動しているうちに、気がつけば眠りに落ちていた。

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