第45話 処置あるいは拷問

「ラフト様、ラフト様、起きてくださいませ。お食事のお時間でございます」


優しい声で目を覚ます。

アウコさんが起こしてくれたようだ。

気がつけば外は暗くなっている。夜ご飯の時間というわけだ。


「では、食事の会場まで案内します。私についてきてください」


ゲストルームを出て、長い廊下を歩く。埃一つなく、磨き上げられた廊下は、使用人の努力が伺える。

というか、こんな家に住んでいて、よくアオマキ村のボロ家にカーリは住めるなと感心してしまった。

なんて考えているうちに、大きな扉の前に到着した。


「本日は、私がラフト様専属のメイドです。何なりとお申し付けくださいね」


そう言ったアウコさんは扉を開けた。

長いテーブルに、椅子が3つ置かれている。既にカーリとアーシさんは着席していたので、俺は少し急いで唯一の空席に座った。


「いやあ、ゆっくり休んでくれたようで何よりだったよ。さあ、食事にしようか」


アーシさんの号令で次々と料理が運び込まれてくる。

食べきれるかな…アルカに持って帰ったら喜ぶかな…。


「ご心配なく。余った分は私共使用人が食べることになりますので」


俺の心を見透かしたのか、アウコさんが耳打ちをしてくれた。それなら安心だ。


「さて、ラフトくん。君もレイくんと同じように強いのかな?」


急に思ってもいなかったような話を振られて困惑するが、まあ答える。


「腕力では比べようがありませんが、器用さ、というところでは少し自信はありました」

「ラフトはなんでもできる、とまで言われていたなあ。ははは」


アーシさんは楽しそうだが話が全く見えない。


「あの、レイとどこかで話す機会でも?」


粗野なアイツがこんな金持ちと関わり合いがあるとは思えないが、先ほどからレイに俺の話を聞いたような口ぶりで話してくるものだから、そうとしか思えない。


「レイくんは、ある日我が家にやってきてね。お願いがあると。門の前に数日居座った」


何をしているんだアイツは…。


「自分で言うのもなんだが、本来ならば、そう簡単に私に会えるものではない。ましてや、お願いを聞く、なんてことはね。なぜならその気になれば私に叶えられないことはない。一々希望する者の願いを聞いていてはキリがない」


うへ…すごいものの言い様。エフテルじゃないが、この全能感アピールは聞いていて気持ちのいいものではないな。


「だが、私には1つ、好きなものがあってね」

「はあ、好きなものですか」


俺は適当に料理を摘まみながら相槌を打つ。ちなみに料理は信じられないほどうまい。


「そう、私は強いものが好きだ。だからギルドには多額の援助をしている。だからレイくんに言ったんだよ。ここまで来れたら話を聞こうじゃないかと」

「ええ!?」


あのレイにそんなことを言ったら本気にしてしまう。単純で粗暴。そんな男だった。無論いい奴なんだが。


「そしたらなんと、彼は大剣1つでうちのガードたちを蹴散らして、本当に私のもとに来てしまった。そして私に大剣を突き付けて、約束は守ってもらうぞ、などと満身創痍でいうものだからね」


もうやっていることがただの強盗だ。それを許すアーシさんも、実行するレイも俺からすれば狂っている。


「それで私はレイくんが好きになってしまった。それで詳しく話を聞くと、全てが君、ラフトくんのためだという」

「え、私ですか?」

「そう、君だ。そこで君の事情を聞いたよ。正体不明の獣に正体不明の状態異常を付与されて、右腕が動かなくなったとね」


ああ!それってギルド経由じゃなくてレイから直接聞いていたのか!カーリが俺の事情を知っていたのはてっきりギルドから聞いたものだと思っていたので、ギルドの野郎口が軽いななんて思ったりもしたんだが。


「で、さらに面白いことをレイくんは言ったんだよ」

「面白いことですか?」

「そう。腕さえ治ればラフトくんの方がレイくんより強いとね」


な、何を言っているんだアイツはー!


「それで、ね。さっきも言ったが、私は強いものが好きだ。であれば、どんな手を使ってでもラフトくんの腕を治してやろうじゃないかと思ったんだ。そして、治った暁には、レイくん同様にこの屋敷を襲撃してもらう」

「はい!?」

「万が一、そこでレイくんよりも弱かったら…君とレイくんを殺す約束となっている。そういう約束を、レイくんとした」


ほほほ、ホントに何言っちゃってくれてんだあいつはー!!


「大丈夫ですわ、お師匠様は最強の狩人ですもの」


この親子、狂っている。金持ちというものは全員こんなものなのか?


「ということで、食事が終わったら、ラフトくん、君には様々なことを試させてもらう。右腕が治れば、現役復帰もできるだろう」

「い、いやあ、実は今の指導役も気に入っていまして…」

「まさか治す気がないと!そんな弱気なことは言うまいね!?それならば、この場でその命…」

「いやあぁ!治してもらえるなら嬉しいですぅ…」


もう何とでもなれ。くそ。

あんなに美味しかった料理が、まったく味がしなくなってしまった。


§


その後、別室に移った俺は、アーシさん曰く最高の医者たちに囲まれて、右腕を見られていた。


「全く感覚はないんだね?」

「ないっすね」


医者の1人が何やら針を次々と右腕に刺している。感覚はないが、普通に血は出るので、見ていて痛い。


「切り開いて中身を診るか…」

「いや待って!そこの人なんか怖いこと言ってなかったか!?」


元々再起不能だが、今度は別の意味で使えなくなってしまう。


「にしても、本当に見たことがない現象だ。どう見ても正常に機能しているのに、感覚はないというし、見た目もおかしい。こんなの、今の医学では解明できないね…」


数時間以上拘束された挙句、出された結論はそれだった。


「ふむ、医療でダメな可能性があるのは織り込み済みだ。では、次」


アーシさんに連れられて、今度は別の部屋に移される。


「な、なんだここは」


次に案内された部屋は全体的に暗く、壁中に骨や何かの臓器のようなものがぶら下がっている。


「次は呪い方面からのアプローチだ。私はあまりこういうものは信じないが、レイくんに手を尽くすと約束してしまったからね」


アーシさんはそう言って、しばらく様子を眺めた後退室していった。

俺が何をされていたかというと、何やら呪文を延々と聞かされたり、変な絵を腕に書かれたりと、最早意味が分からなかった。


「これでだめなら、仕方ない。ダーシー様からの命令だ。我が家の家宝である、この薬液を…」


黒い服に全身包まれた男が真っ赤な液体が入った瓶を俺に近づける。

もう何とでもなれという感じだ。そんなんで治るならとっくに治っている。半分俺はやさぐれていた。


「では…」


瓶が傾けられ、俺の右腕に赤い液体がかけられた。


「あッつ!!!」


慌てて俺は右腕を振る。

なんだ今の液体は!?


「お師匠様、今…!?」


実はずっと見ていたカーリが声を上げる。


「え?なんだよ」

「お師匠様、右腕が熱いとおっしゃいました!?」

「あ!!」


確かに、何をしても、それこそ切り開いても感覚を感じなかった右腕に熱さを感じるなどありえない。

しかも、反射的にだが右腕を動かすことができたではないか。


「おいアンタ、その液体はなんなんだ!?」

「さ、さあ…我が家に伝わる秘伝の薬液で、いつから保管されているものかどうかも分からず…神の血なんて呼ばれていたものなんですけどね?」


全く役に立たない解説だった。

その後、成果があったと聞きつけてやってきたアーシさん立会いのもと、様々な処置を行ったが、唯一反応するのは先ほどの赤い液体だけだった。

先程の“神の血”とかいう液体のみ俺の右腕に反応し、熱さとともに一瞬だけ動かせるようになる。

これが今日十数時間拘束されて唯一分かったことだった。


「ふぅむ。成果があったのはよいが、よりにもよってオカルト側か…」


アーシさんが顎を擦りながら呟く。

医者や呪術師(そんな職業があるのか)は皆、帰され、あの薬液を持っていた呪術師だけが残される。


「この神の血とやらを調べる必要があるな。おい、いくらほどで譲る?」

「へ、へへ、それは我が家の家宝ですから、そんな簡単には…」

「2億」

「へ?」

「2億クレジットだ。それでいいだろう」


アーシさんは見たことのない金色のバッジを2つ呪術師に渡す。おそらくあれは、ギルドで換金できるバッジだろう。金色など初めて見たが。


「ありがとうございます!」


金を受け取るが否や、呪術師は神の血をアーシさんに渡し、ホクホク顔で帰っていった。


「ふむぅ…。ダーシー家にも不可能なことがあるとはな…。治してやれなくて、すまない」

「ああいえ、ここまでしてもらえてむしろ恐縮です」


というか、これで治されたら俺は生きるか死ぬかの戦いをカーリの実家相手に繰り広げる羽目になるんだろ?治らなくてよかったとも心のどこかで思っている自分がいる。


「でも、ヒントは見つかりましたわね。この液体を調べれば…」


まあ、カーリの言うとおりだ。正直、一生この右腕は動かないものだと思っていたので、こんな手掛かりが見つかるとは思っていなかった。


「これもレイのおかげか…」


街に向かって、俺の腕を治す方法を必ず見つけると言って去っていった俺の相棒。彼は確かに、その手掛かりを見つけることができたのだ。

その方法や条件を考えると複雑だが、感謝はするべきなのかな。

だが1つ、腕が治る可能性が出てきて、初めて思ったことがある。

もし俺の腕が治れば、俺はまた“双極”として活動を再開するのだろうか。

それとも、まだ“四極”の指導役をするのだろうか。

どうなるのかは分からない。だが、今の俺にとって、あいつらの指導役は人生をかけても良いものだと思えるほど自分の中で大きなものとなっていた。

腕が治るかも確かではないこの状況で悩むのも気が早いが、現役復帰か、指導役か。今の俺ではどちらも選ぶことはできない。だが、いずれ決断の時はくるのだろう。

その後は何もなく、カーリの休暇の期限もあるので、またあの高速の馬車でアオマキ村へ帰った。


「どうでした?わたくしと休暇」

「休んだ気はしなかったけど、有意義ではあったかな。俺のためにありがとうな」


カーリはせっかくの自分の休暇を潰して、俺の腕の治療方法を試してくれたのだ。

色々と疲れたが、そこだけは感謝しないとな。


「今度何かでお礼、期待してますわよ」

「あ、はい…」


ダーシー家の恐ろしさを知った今、カーリの言葉にも何か裏があるのではないかと、しばらく疑心暗鬼になっていた。

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