第46話 姉妹の願い

今日からはアルカの休暇日だ。


「で?アルカは俺に何をしてほしいんだ?頭を撫でてほしいんだっけか」


俺は酒場ではなく、久しぶりにエフテルとアルカの家に来ていた。アルカと並んで椅子に座っていて、ベッドには腕を吊り上げられたエフテルがいる。


「勿体ない使い方だよね。だから私は願いを3つにして貰う」

「そういう使い方は認めてませーん」


強欲なアルカだ。そんな願いは当然ダメだ。


「じゃあさ、今後ボディタッチを躊躇わないこと、とかどう!?」

「あ、それいいね」


姉の余計な入れ知恵が入った。

まあ、元々の話の発端が頭を撫でることだったし、その発展としては妥当なところか。


「じゃあ、師匠。ハグして」

「いきなり難易度高すぎだろ!」


それに何度も言うが、慎ましい見た目の女性陣の中で、唯一アルカだけは豊満だ。俺の理性が保てない。


「け、エロおやじ」

「う、うるさい!」


エフテルの野次は正直図星なので、思わず声が上ずってしまった。アルカはにやけている。


「そっか、師匠はだから私に触れないんだね」


手を後ろに組んで、胸を張った状態で少しずつ近寄ってくるアルカ。

く、くそ、逃げられない…!

どんどん後ずさっていくが、ついに壁まで追いやられる。


「捕まえた」


捕まった。


「ほら、師匠も手を後ろに回して」

「それは師弟の間柄を超えている!」


俺はなんとかアルカを引きはがし、頭を撫でた。

こんくらいが妥当だ。師弟でハグはしない。


「ま、まあ、これもまた…」


アルカは気持ちよさそうに目を細めている。そこまで喜んでくれるなら頑張った甲斐があった。

こちとら二十数年狩人一筋、恋愛経験どころか女性と触れる機会なんぞ数えるほどしかない。

それにいつも女性といい感じになると、相棒のレイが出てきた。阻止されていたのだろうか。次第に俺も、狩人に恋愛感情など不要と考えるようになっていた。

今も、恋愛感情などは持っていない。

こいつらは可愛いが、多分まだ成人もしていないし、年の差もある。


「おーい、いつまでうちの妹撫でてるの!」

「はっ」


考え込んでいる間、ずっとアルカを撫でていたらしい。

アルカは満足そうに、椅子に戻って座った。


「これからは、なんか頑張ったら撫でてね」


アルカは出会ったころはこんな子じゃなかったと思うんだけどなあ。もっと警戒心が強くて、人には一線を引くような感じだったと思う。まあ、今も初対面の人やカーリなどには同様の態度で、気を許している感じではないが。


「じゃあ、あたしはなにしてもらおうかなー」


エフテルがベッドの上からご機嫌そうな声でわざと悩んでいる様子を口に出す。


「あ、これ朝買ってきた果物。やるよ。はい、これで終わりな」

「あたしの扱いだけ雑!」

「あはは、ごめんごめん」

「あの時はあんなに必死にあたしのこと追いかけて、抱きしめてくれたのにさー…」


ごろんと寝返りを打ったエフテルの表情は見えない。しかし、元気がなくなっているのは分かった。少しふざけすぎたか。


「悪かったって。ごめんな、雑に扱っているつもりはないんだ。ただほら、お前はノリがいいからさ、つい調子に乗ってしまうんだよ」

「ちょっと待ってお姉ちゃん、さっきの何の話?」


俺が必死に謝ってご機嫌取りをしていたら、横から出てきたアルカがエフテルを強制的にこちらを向かせた。


「いだーーー!!ちょっとアルカ、お姉ちゃんね、骨滅茶苦茶に折れてるの!やっとくっついてきてるんだからもっと優しくして!」

「で?追いかけたって何?いつ抱きしめられたの?」

「怖い怖い顔が近いアルカ、アルカ、落ち着いて我が妹よー!」


姉妹でじゃれあっている姿をよく見る。本当に仲の良い姉妹だ。

というより、少し驚いたのは、エフテルが炎愛猿に捕まっていた時に意識があったことだ。追いかけた心当たりなんてあの時しかない。だとすれば、俺が先回りをしていた間、かなりの恐怖だっただろう。助けも期待できない状態で、炎愛猿にいつ喰われてもおかしくないという状況。よく刺激せずにずっと気絶したフリをできたものだ。

俺の中でエフテルの株が上がっている間に、姉妹喧嘩は落ち着いたようだ。


「ちょっとお姉ちゃんと話したいことがある。師匠、5分くらいだけ外に出てて」

「え?あ、はい」


グイグイと追い出され、家の外に出たところで扉が閉められる。


「お姉ちゃん、なんか最近師匠への距離変わったよね。師匠はいい大人ってやっと分かったの?」

「うん、そうだね。師匠は良い大人だった。あたしたちを騙したりしない、本当にあたしたちを大事にしてくれる人」


相変わらずこの家の壁は薄い。丸聞こえなんだよなあ…。


「やっぱアルカは人を見る目があるね。あの時もそうだったし」

「お姉ちゃんは人を見る目がないよね。だからこそ疑り深くなったんだけど」

「師匠なら、あたしたちを普通の人に戻してくれるかも」

「もう私達は普通だよ。そう思っていないのはお姉ちゃんだけ。もういい加減、足はきれいに洗えてる」

「そっか…そうかな…」

「そうだよ。だから、ね。これからは2人で師匠に甘えよ。お姉ちゃんなら許せるから」

「でもあたしたち、1つのものを仲良く分けあえたことないけどね!あははは!」

「そうだね、ふふふ…」


俺は去ろうかな…。今更ながら、毎回聞いてはいけない話を聞いてしまっている。

少なくとも俺に聞こえていたことが分からないよう、俺はここから立ち去る。

久しぶりに海でも見に行くか…。

俺はエフテルとアルカの家の前を離れ、海が見える崖際へ向かうのだった。


§


「こんなところにいた!何勝手にいなくなってんのさ!」


海を見て落ち着いていたら、騒がしい声が聞こえてきた。


「すごい変なとこにいるし!見つけるのに村一周しちゃったよ!」

「怪我人はおとなしくしとけ…」


立ち上がって、振り向くとそこには息の上がったエフテルがいた。


「あれ?アルカは?」

「二手に別れて探してたの!もう、急にいなくなるんだから…たった5分も待てないの?」


こちとら気を遣ってやったのに、すごい見下されている。こういうところがエフテルの愛すべきところで、ぶん殴りたくなるところだ。今は骨折してるから許してやろうと心の中で溜飲を下げた。


「ねえ師匠、そういえば、あたしのお願い決まったんだよね」


海が見える崖は、かなり高い場所になる。そろそろ夕方だし、風も冷たくなってきた。

そんな中で、エフテルは立ち止まって、そう言った。


「ん?」


俺も立ち止まり、振り返る。

エフテルは、いつもの笑顔とは違う、明らかに作ったような笑顔でこう言った。


「これからもさ、ずっと一緒にいてほしいんだ。それこそ、あたしたちが狩人として一人前になって、指導役が必要なくなったとしても、ずっと一緒にいてほしい」


なんだそれ、告白か?

なんて茶化せる雰囲気ではなかった。エフテルの表情は真剣そのもので、冗談を言っている様子はない。

本気で、本心で言っているのだ。


「あたしたちのことも、いつか絶対教えるから、そのときはちゃんと聞いてね。そして、聞いても、聞いてからも、ずっと一緒にいるんだよ」

「分かった」


俺は短く、答えた。


「じゃ、そゆことで!あたしはアルカを見つけて、家に戻るから、師匠もあたしらの家に来るんだよ。今度はどっか行っちゃだめだからね!」


エフテルはそのまま俺を追い抜いて走り去っていく。

必死に取り繕っていたが、声は震えていた。


「ずっと一緒に、か…」


泣くほど緊張しながらお願いされては仕方ない。ただ実際いつまで一緒にいられるかは分からない。

それに、この間、悩んでいたこともある。もし右腕が治ったら、指導役を辞めるのか。現役に戻るのか。

どんどん心の中の天秤は、片方に傾いていっている。

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