第32話 ストーンベリーの収穫②

地図を見ながら森を歩く。

ストーンベリーは水辺に生える植物なので、まずは川を目指す。

ギルドから貰った地図を見ながら、足元の悪い道を進んでいた。

アルカは足場が悪くても、障害物があってもひょいひょいと越えていく。本当に身軽だ。


「お師匠さん…あの子すごいな…」

「ああ、身のこなしだけでいうなら間違いなく一流だ。でも、今に見とけよ。長続きしないから」

「そうなのか」


それから歩き続けて十数分。

そこには俺の右腕にすがりつくアルカの姿があった。


「ししょ…つかれた…あるけない…」

「な?こいつらはスタミナと筋力がないんだよ」

「これは…割と致命的なんじゃ…?」


アルカの豊満な胸が俺の右腕に押し付けられて変形している。残念ながら右腕なので感覚がない。そう、右腕なので感覚がない。残念だ。いや別に残念でもない。


「いったん休憩するか。こんな状況で獣に襲われたらたまったもんじゃない」

「賛成する!」


元気よく返事したアルカは、座りやすい倒木を見つけ、すぐに休憩を始めた。


「…俺は獣払いの香を炊くから、コウチは見張りを頼んでいいか?」

「こういう扱いはお嬢で慣れてる。今日はお師匠さんがいるだけマシさ」


男どもで休憩するための準備を整えた。

とはいえ、全員で休憩するわけにもいかないので、1人は辺りを警戒することになる。そして、俺は戦力にならないため、見張りはできない。ので、アルカとコウチが交互に見張る必要がある。


「ほらアルカ、そろそろ休憩は良いだろう。コウチと交代だ」

「えー…」


文句を言いつつも立ち上がったアルカは、周辺で一番高い木にスルスルと登った。上から警戒するのも悪くない。

20分ほど休憩したが、幸い小型などに襲われることもなく、ゆっくりと休むことができた。

相変わらず魔物は見当たらない。森の調査は進んでいるはずなのに、エフテルが見たコマンダーの情報はまだない。一体どこにいるのか。早く見つけないと、この森から危険な魔物が大量に生まれてしまう。

まあそれは今心配しても仕方のないことだ。

俺達は再び川を目指して歩いて行く。

休憩後すぐ、5分くらい経っただろうか。


「水の音がする」


俺は耳を澄ませて立ち止まった。後ろの2人も足を止める。


「ここから先に進めば、川だと思う。先に鉄砲蛙について簡単に話しておくぞ」


2人が頷いたので、俺は話し続ける。


「鉄砲蛙は危険度2の小型の獣だ。水面から顔だして、高圧水流で攻撃してくる。まともに当たれば骨折する威力だ」

「ああ」


コウチは知っているようだ。流石、親父さんが現役の狩人だ。ある程度の指導は受けてきたのだろう。


「それだけ激しい水流を噴き出すので、反動もすごいから、必ず水中から攻撃してくる。顔だけ出して、狙撃してくるから結構厄介な獣だ」


本体は50cmもない蛙なので、水中に潜んでいると見つけにくい。そこで狙撃されるのだから、天然のスナイパーだ。


「どうすればいいの?」

「対処方法は色々ある。俺なら川に石でも投げ込んで、鉄砲蛙の攻撃を誘い、先に位置を把握する。あとは、アルカなら、そもそも気づかれないようにするっていうのも良いんじゃないか?」

「任せて、得意だから」


胸を張るアルカに対して、コウチが控えめに手を挙げる。


「そうなると、今回俺は大人しく川から離れておくのがいいか?」

「まあ、そうなるかもな。でも、川に水を飲みに来る獣とかもいるし、周辺の警戒も立派な役割だぞ」

「分かった、そっちに集中しよう」


作戦は決まった。

立ち止まっていた俺たちは、その場にコウチを残して歩き出す。


「師匠、気づかれないようにね」

「俺だって元狩人だぞ。アルカほどじゃあないが、隠密行動は得意だよ」


そういう身のこなしは腕が動かなくとも関係ない。師匠らしいところを見せるとしよう。

木々が拓けて、川が姿を現す。

深さは大したことはなく、多少濁っているが底が見える。川幅は…5mほどか。ストーンベリーがありそうな大きな水場だ。


「…」


俺は無言でアルカの肩を叩き、川の一部を指さす。

あそこで水中から目だけを出しているのが鉄砲蛙だ。ざっと見た感じ、1匹しか見えない。

こういうときにエフテルがいれば楽だったんだが、あのアホは今日は謹慎中。

アルカはコクリと頷き、鉄砲蛙の視界から逃れるように動き始めた。

アルカが静かに川に足を入れる。なるほど、1匹であれば討伐した方が早い。

水深は浅く、膝まで水が来るかどうかといったくらいだ。それでも、水音一つ立てずに移動できるアルカはすごい。まるで盗人だ。

あと少し近づけば、細剣が届く。

一層集中力を高め、腰の剣に手をかけた。

しかし、森には俺たちしかいない訳ではない。比較的近くから獣の悲鳴が響き、鉄砲蛙があたりをきょろきょろと伺った。

やばい、見つかる…!

俺がそう思った瞬間、アルカは細剣を陸地に投げ、一切の躊躇なく濁った水中に全身を沈めた。

鉄砲蛙は細剣が地面にぶつかる音に意識を割かれ、アルカが潜った瞬間を見逃した。

俺は身を隠しながら状況を見守っている。万が一アルカが鉄砲蛙に攻撃されそうになったら、俺が注意を引こうと思っている。

…アルカが川からあがってこない。

ただでさえ濁っていた水だが、アルカが潜ったせいでもはや水中は見通せない。

どうなるのかと見ていると、突如鉄砲蛙の後ろから両腕が飛び出した。


「!?」


鉄砲蛙が振り向こうとするが、もう遅い。

しっかりと体を掴まれ、持ち上げられた鉄砲蛙は、突出している岩に叩きつけられ、絶命した。


「ぷはっ」


もちろんアルカの仕業だ。


「汚れちゃった」

「いや、大活躍だよ」


もう周辺に鉄砲蛙はいないようだ。コウチを呼んでもいいかな。


「大丈夫だったか!?」


コウチのことを考えていたら、ちょうどコウチがやってきた。息が上がっていて、血だらけだ。しっかりと見れば返り血であることが分かったので、心配はしていない。


「すまない、小型に襲われて、全部倒したんだが、1匹そっちに逃がしちまって。槌を投げて倒したんだが、結構大きな断末魔が上がっちまった」


さっきの獣の悲鳴はコウチが倒したもののだったわけだ。


「こっちは大丈夫だ。コウチこそ、大丈夫か?」

「ああ、こっちは大丈夫。武器が強えから、多少囲まれても余裕だ」


戦闘力が最も高いのはコウチだろうな。

本人はしきりに武器のせいだと言うが、俺はそうは思っていない。


「というか、アルカさん、びしょぬれだが…?」

「仕方なかったんだよ。あんまこっち見ないでね」

「わ、わるい」


防具をつけているため服が透けたりはしないが、体のシルエットははっきり見えるようになってしまっている。アオマキ村新人組の中で最も豊かな体付きをしているので、それだけで目の毒となる。

帰るまではこのままだろう、着替えもないし、風邪を引かないことを祈る。

さて、邪魔者はいなくなったことだし、ストーンベリーを探そう。


「ストーンベリーは、2cmくらいの赤くて丸い実をつけた植物だ。指で果実をつぶそうとしても石のように硬ければ、それがストーンベリーだ。多分この辺に生えているから各自探そう」

「了解」


俺たちは分かれて川沿いの植物をガサゴソと見繕う。

採取依頼なんて久しぶりだ。

いつもエフテルとアルカが採取依頼を受けているときは、大体遠くから眺めているだけだったから、一緒にガサゴソするのは初めてだったりする。今回も別に2人に任せてしまっても良いのだが、なんとなく一緒に探す雰囲気になってしまった。

とはいえ、指導役としての仕事も忘れてはいない。散開しているとはいえ、全員がお互いを視認できる場所にいる。

まあ、自分の安全確保も狩人の仕事なので、あんまり口を出しすぎる時期は終わったかななんて思ったりもしていて。


「っと、あぶない」


鉄砲蛙がまだ残っていたようだ。俺に向けて噴射された水流を避け、近くに落ちていた石を投擲、命中、撃破。


「意識外からの射撃を今避けたぞ…?」

「師匠、もしかしたら私たちより早い?」


弟子たちが驚いている。


「慣れだ慣れ」


狩人を長く続けていると、なんとなく視線や敵意を感じられる。それが研ぎ澄まされれば、隠れている獣にも気が付ける、というだけだ。


「あ、これか!?」


お、コウチが最初に見つけたか?


「どれ、見せてみろ」


コウチが採取した赤い実を見ると、確かにそれはストーンベリーだった。


「これがストーンベリーだ。一番乗りはコウチだったな」


俺はわしゃわしゃとコウチの頭を撫でた。


「ちょ、お師匠さん、それ泥だらけの手じゃっ…」

「わはは、照れるな照れるな」


どうせ皆汚れているのだ、これ以上汚れようが変わりない。


「む…私も見つけて褒めてもらう」

「張り切るのはいいが、皆で移動するからな、1人でどこかに行くなよ」


アルカに釘を刺し、3人で移動しながらストーンベリーを収穫していく。

放っておけば水棲の獣に食われてしまう果実だ。見つけ次第ドンドン取ってしまって構わない。

2時間ほど経過したころには、ポーチはストーンベリーで埋まっていた。


「もっと、採る?」


一息ついたところでアルカが訊ねてくる。

確かに採れば採るほど金にはなるが、長居して大型の獣などに出会ってしまっても困る。


「いや、もう帰ろう。ついでに仕留めた鉄砲蛙も持って帰ろう」


川を移動してきた向きとは今度は逆に移動していき、あれから追加で何匹か仕留めた鉄砲蛙を拾いつつ最初にアルカが鉄砲蛙を倒したあたりまで戻ってきた。

3人で川から上がり、軽く服を絞ってから、歩き出す。


「うぉっ、これは…」


途中、大量の杭鳥が複数匹の草原狼の死体に群がっていた。


「こいつらは、お前が仕留めたやつだな?」

「うす」


アルカが鉄砲蛙と戦闘していた頃に、コウチが狩った獣だろう。

にしても、5級の狩人がこの数の草原狼に囲まれても難なく全滅させるとは…。


「やはり戦闘力はピカイチだな、コウチは」

「武器のおかげだって」


やはり自分だけワンランク上の武器を使っていることがコンプレックスなのだろうか。コウチからはこの言葉をよく聞く。

使いこなせるのは実力だし、攻撃力が高いからと言って無傷で複数の相手を倒せるのは間違いなく本人の実力なのだが。


「ただ、コウチ。今回は時間がなかったから仕方なかったが、倒した死体は、埋めるなり獣避けの液体を振りかけるなり、後処理はしておけよ。じゃないとこんな風に杭鳥が集まるし、場合によってはもっと強力な獣が血の匂いに誘われてくることもある」

「あ、なるほど…。気ぃ付けます」


とはいえ、聞かなかった俺も悪い。情報共有できていればここを避けて帰ることもできたのだから。

道中でそんなことがありつつも、無事に森は抜けた。

いけないことだが、草原に来ると少しだけ安心して気が抜ける。


「ん…?」


草原の、村とは逆方向、コウチとカーリが出張していた村がある方から煙が上がっている。


「どうしたの、師匠」


アルカが俺の顔をひょいと覗き込む。


「いや、あれ、見えるか?」


煙は遥か遠方だ。


「なんも見えねえ」

「む…お姉ちゃんなら…見えるのかな…」


2人は見えないようだ。

まあ、懸念事項ではあるが、今気にすることではないか。


「なんでもない。帰ろうか」


俺は、もしかしたら依頼が来ているかもな、なんて思いながら村へ帰った。

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