第22話 草原の暴走鳥③

草原の開けた場所で、球吐き鳥は座って休んでいた。足を撃ち抜かれているため、立っているのが辛いのだろう。


「piea!?」


今度は俺たちが先制攻撃を仕掛ける間もなく、こちらの位置がばれてしまった。それだけ敏感になっている。


「piaaaaaaaaa!」


大量の土を飲み込みながら、こちらに突進してくる。

走る距離が長い。これはきっと、今までで一番大きな土球を吐くつもりだろう。

エフテルとアルカにぶつかる前に切り返し、なおも土を飲み込む。


「なにしてんの!?」

「大きな土球を吐くために、土をためているんだ」


ゆっくりと飛び上がり、フラフラと空中を飛んでいる球吐き鳥。


「確か威力は増すけど、命中精度は落ちるんだっけ」


事前の俺の説明を覚えていたようだ。エフテルは回避のために軽く力を抜いた。


「お姉ちゃん、いいこと思いついた」

「なに?」


アルカがエフテルに近づき、何かを話している。きちんと獣を見ながらの作戦会議なので、特に俺は何も口を出さない。


「guee!」


球吐き鳥が苦しそうに土球を吐き出す。残念ながら飛距離が足らず、2人の目の前にボトリと落ちた。もうだいぶ消耗しているようだ。

着地した球吐き鳥は、再び土を飲み込み始める。

突進は、エフテルでもなくアルカでもない方向に向かっている。って、俺に向かってくるのか!

まだまだ距離はあるので、避けることは容易い。

俺はギリギリまで引き付けようと、その場で球吐き鳥の動きを見極めようとした。

あと4mほどで俺に激突する。


「師匠危ない!」


そこで狙いが俺だということに気が付いたエフテルが、こちらに向かって走り出した!

またこいつは余計なことを…!


「エフテル!」


俺と球吐き鳥の間に割り込むエフテルの名前を呼ぶことしかできなかった。


「師匠は守ーる!」


エフテルはポーチから何かを投げ、そのまま俺に飛びついてきた。

本来ならば余裕でよけられたはずの突進を間一髪で避ける羽目になり、俺とエフテルは地面の上で折り重なっていた。


「エフテルお前いい加減にッ!」


流石にこれは俺もキレる。自分の身は自分で守ると何度伝えればわかるのか。


「師匠、良いから見ててよ」


エフテルは俺の上から動かずに、まだ狩りの最中だというのに笑っていた。


「はあああッ!」


アルカが全力で球吐き鳥を追いかける。

走りながらカートリッジを装填する。

細剣を振りかぶったところで、球吐き鳥が足を止め、細剣を受け止めるために翼で体を包んだ。これではいくら炸裂機構といえども、致命傷にはならない。


「gyaaaaa!」


そこで何故か球吐き鳥が防御を解いた。

丁度良いタイミングで、炸裂機構を作動させたアルカが、爆音とともに球吐き鳥に迫る。


「死ね!」


火を噴き加速した細剣の勢いに身を任せて飛んだアルカは空中で一回転。球吐き鳥の首を一太刀で切り落とした。


「ああああぁ…」


着地できずにアルカはそのまま飛んで行った。


「アルカーーーー!」


エフテルは俺の上からやっとどけて、妹のもとに駆け寄る。


「…?」


いまいち俺には状況が理解できなかったが、勝ったようだ。

俺はアルカを抱き起すエフテルに近づいた。


「最後、何が起こった?」


急に球吐き鳥が防御を解いたことと、わざわざエフテルが俺の前に割り込んできたことについてだ。


「アルカの作戦です!」

「え、えぇ…!?」


俺の僅かな怒気を感じ取ったのか、エフテルは妹になすりつけた。アルカは困惑しつつも、話してくれた。


「球吐き鳥が、大きな球を作るために沢山土を飲み込むところを利用して、お姉ちゃんに口の中に爆弾を投げ込んでもらった。それが爆発して、球吐き鳥は最後無防備になったんだよ」

「…なるほど。いや、だとしてもエフテルが俺の前に割り込む理由にはならないよな?」

「うぐっ…普通に師匠が…危ないと思いました…」


俺に絶対に怒られると思っているのか、絞り出すように言ったエフテルは小さくなっていた。

ちなみに俺は怒っている。


「何度言えば分かる?自分の身は自分で守る、これが原則だ。俺はお前らに守られるほど弱くはないし、最悪死んだとしても覚悟の上だ」

「でも、あたしたちはアルカとお互いを助け合って狩りをしてるし、そんな風に割り切るのは違う…と思うよ!」

「お前らは共に狩りをする仲間だ。でも俺は違う。指導役がお前らの邪魔になっては本末転倒だろう」

「指導役だって仲間だよ!少なくとあたしは、師匠が死んじゃったら悲しいから、助けられそうなら助ける!これはこれからも変えるつもりはないから!」

「お前な…って、アルカも同意見なのか」


エフテルの隣でアルカもブンブン首を縦に振っていた。


「ちょっとは信じてくれよ。いくら片腕を失ったとはいえ、危険度3の獣に負けたりはしない。勝てはしないかもしれないが、逃げるくらいならできる」

「じゃあ、もっと強力な獣だったら?あたしたちが強くなって、一緒に危険な獣を狩りに行ったときでも師匠はそんなこと言うの?」

「それは…まあ…」


そのときは俺は死ぬかもしれないが、指導役を引き受けたときにその覚悟はできているからな。


「だからあたしもアルカも、師匠が危ないと思ったら助ける。これからも!」


ビシッと指を突き付けられてしまった。

…もういいか。自分でも何に拘っているのか分からなくなってきた。


「はぁ…。分かったよ。さっきも、1週間前も、助けてくれてありがとうな」

「うん!」

「だが、状況判断はしっかりとしろ。助けが不要なときに無理して駆けつけて怪我なんてしたらアホだぞ。俺を助けるのは、俺が本当に危ないときかつ、助けた自分が危なくならないときだ。そこは譲れない。俺を助けてお前らが死んだりしてみろ、俺は後を追うからな」

「師匠…!」


いやアルカ、別にそんな感動されることを言ったつもりはない。何か誤解しているだろ。


「分かったよ。肝に銘じておく」


エフテルは真面目な顔で、頷いてくれた。

さて、この話はこれくらいで良いだろう。

次は反省会だ。


「ところでエフテル、お前最後、しばらく俺の上から動かなかったな。もし球吐き鳥がこちらに攻撃してきたり、アルカが仕留め損なったときはどうするつもりだったんだ?」

「え!?それは…ほら、妹を信じていたといいますか…」

「アルカ、最後、爆発を確認する前にとびかかっていたな。万が一、爆弾が不発だったらどうしていた?爆発したとしても一緒に飲み込んだ土に包まれて、大したダメージにならないこともありえたな?」

「ご、ごめんなさい」

「2人とも、作戦を考えて、実行するのはいいし、今回は確かにうまくいった。だが、最後まで気を抜かず、もしもに備えることができなければ、あと一歩のところでいつか命を落とすことになる。そこだけ、忘れないでくれ」

「はーい」

「はい…」


エフテルはさておき、作戦の立案者だったアルカはしょぼくれてしまった。言い過ぎたか?

俺なら絶対にやらない策だったが、うまくいったのは事実だし、初陣にそこまで求めるのは酷か。


「でもまあ、球吐き鳥の習性を利用した良い作戦だったかもな、アルカ」


俺がフォローをすると、アルカの表情は輝き、上機嫌になった。無表情ながら、実は感情豊かであることを理解している。


「じゃ、とりあえず反省会の続きは帰り道にだな。せっかく狩った球吐き鳥を回収するぞ」


本来であれば素材だけを持ち帰るのだが、球吐き鳥だけならば荷車に乗るので、そのまま運んでしまおう。


「これ、結構な金になるかな?」


こいつはすぐに金の話をする。


「まあ、そこそこになるだろ。依頼料にプラスして素材を売れば。だから積み込んで、早く帰ろう」

「やったー!アルカ、やったね!」

「うんお姉ちゃん」


姉妹が手をつないでジャンプして喜んでいる。

俺は早く帰りたい。


「ほら、早く運ぶぞ」

「師匠、なんか急いでる?」


不思議そうなエフテル。

そうか、こいつは気づいていないのか。


「ちょっと上とか周りの木の上を見てみろ」

「えー?…ひっ…!」


そう、既に30匹以上の杭鳥が球吐き鳥の死体を狙っている。俺たちがこの場を離れれば、すぐに群がるだろう。


「あ、アルカ、そっち持って!師匠は頭運んでー!」


え、このでかい頭、俺が持つの?片手で?

ともあれ、慌ただしくも球吐き鳥を簡易キャンプまで運び、荷車に括り付けて俺達は狩場を後にした。

杭鳥の恨めし気な鳴き声が後ろから聞こえていた。


「改めて、よくやったな、2人とも。誰も大怪我せずにこんな短時間で狩れたのは、すごいよ」

「でしょ?やっぱ才能あるんだよあたしたち」

「そうかもな。球吐き鳥は初心者の1つめの壁だから」

「まだまだこれからでしょ、師匠。さっきのはいわば、ゴブリンリーダーを倒しただけみたいなものなんだから」

「アルカ…お前ホントに好きだなあの小説…」


村まであと少し。

荷車は重たいが、気は軽い。

今日も日が落ちる前に帰れそうだ。

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