第13話 知り合いとよく会う日

今日はいよいよ狩人免許取得試験の日。

俺たちは5日ほどかけて街にやってきていた。遠かった。


「ひえぇ、帰りも5日かあ。大変だこれ!」

「帰りたいのに帰りたくない」


エフテルとアルカの2人も、この長旅は相当応えたようで、本番はこれからだというのに既にテンションは最悪だった。


「これで免許取れなかったらホントに無駄足だからな。頑張ってくれよ」


師匠の贔屓目なしでも、おそらく合格するとは思う。

最低限の良識と、簡単に命を落とす心配がないかだけをチェックする試験なのだ。それでも4割くらいは落ちるが。


「ところで、2人とも、その仮面は…?」


街が見えてきたところで姉妹揃って装着した仮面について言及する。あまりに自然に付けるものだから反応するタイミングが分からなかった。


「ほら、田舎者ってばれちゃうのが恥ずかしいから、仮面で隠すんだよ」

「仮面付けてるほうが恥ずかしくないか?」

「それは…そうだけど」


良かった、恥ずかしい自覚はあったようだ。


「街に来て興奮するのは良いが、変な行動して衛兵に捕まったりするなよ」


溜息を吐く俺の視界の隅で、アルカがビクッと震えた気がした。


「アルカ?どうかしたか?」

「別に何もないです。衛兵に捕まったりしません」


何故敬語になった。


「何もしなければ捕まらないだろ。ほら、仮面外してギルドの支部に行くぞ。受付は始まっているだろうから」

「はーい」


渋々と仮面を外した姉妹は、なにやらこそこそと話していた。


「顔を見られたことはないし大丈夫だよね?」

「堂々としていないと逆に怪しまれるかもしれない。衛兵に追い回されるのは懲り懲り」


すごい不穏な会話だった。どうせ聞いてもはぐらかされるのでもう聞かないが、一体過去にどんなことをやらかしたんだ…。


「あれ…」

「どしたの師匠」


立ち止まった俺を不思議そうにエフテルが覗き込んだ。


「いや…久々に街に来たものだから道に迷った」

「はい?」

「しょうがないだろ、下手すりゃ5年以上来てないんだから…」


最後に来たのは24歳のころに特級に昇格したときだ。基本的には専属狩人としてずっとメッツ村にいたし、呼び出されたときにしか街になんて来ない。


「時間やばいよね?」

「ごめん、何とかするから」


こうなれば住民に金を払って案内してもらうしかない。

と、ポケットから金を出したらアルカにその金を取られた。鮮やかなスリ技術だった。


「お金を払うくらいなら私たちが自分で行く。いいよね、お姉ちゃん」

「うー、仕方ない!背に腹は代えられない!」


俺を追い抜いた2人はスタスタと歩き出した。


「道わかるのか?」

「かもね!」


相変わらず謎の多い姉妹だが、まあ街に住んでいたことがあるとは思っていた。教養の件しかり、先ほどのアルカの反応しかり。

案内するつもりだった俺は、情けないことに案内されて、無事にギルドに辿り着いた。


「到着です!案内料を払ってください!」


エフテルが元気よく俺に手を差し出した。


「なんでだよ。元々はお前らのための試験だろ」


俺は差し出された手のひらを拳でポンと叩いた。


「アルカには払ったのに!かわいいからって差別だ!あたしだってかわいいんだぞー!」

「分かった分かった!分かったからギルドの前で騒がないでくれ!」


確かに2人とも顔はかわいいんだが、エフテルはうるさい。

俺はアルカに渡した(盗まれた)額と同じ500クレジットをエフテルに渡した。


「お姉ちゃん、恥ずかしいからやめてよね」


冷たく鼻で笑ったように見えたアルカはギルドに入っていった。


「余裕ぶっちゃってさー!あ、ありがとね、これで試験頑張るよ!」


一瞬顔をしかめた後に、俺に満面の笑みを浮かべたエフテルもギルドに入っていった。

あんなに500クレジットであんなに喜んでくれるならいいかと思ってしまった俺は、ちょろかった。


「師匠、何してんの?早く来てよ!」


自分たちに付いてくると思っていた俺が一向に来ないので、2人が入口から顔を出す。

正直、ギルドの中に入るには気が進まなかった。

特級狩人などといわれていたのに、右腕を負傷し、自分の住む村を守れなかった。どの面下げて支部に顔を出せるのか。

結局は落ちぶれたところを知り合いに見られたくないというだけのプライドかもしれない。だが、どうしても一歩が踏み出せなかった。


「俺は、外で待ってるよ。受付嬢に、試験を受けに来たことを伝えれば大丈夫だから」

「そ、そう…?んじゃあ行ってくるね」

「ああ、頑張ってくれ」


2人が支部の中に入って行ったのを見届けた俺はその場を離れた。

試験の終了まで時間はまだまだある。それまでギルドの前に突っ立っているのもあまりに不審だ。

俺は道具屋に向かうことにした。

街でしか買えない道具などもある。まして数年間来ていなかったのだから最新の道具なんかもあるかもしれない。

店がつぶれていなければ、こっちのほうに店があったはずだ。さっきは迷ってしまったが、ギルドからであれば流石に迷わない。


「あ、良かった。変わってない」


3分ほど歩くと、俺が現役だったころに来たことがある店に着いた。屋根の色が鮮やかになった気がするが、それ以外は変わっていない。

入口の引き戸を引くと、来客を知らせる小さなベルの音が店内に響いた。


「いらっしゃーい」


その音に反応した店主の声が静かな店内に消えていった。あまり客がいないので、静かだ。知り合いに会うかもしれないと思ったが、この客入りならまず、


「あ」

「あ」


会わないだろうと思っていたが、見たことのある顔と目が合ってしまった。


「お、おう、久しぶりだな」


彼はルミス。昔一緒に狩りにいったことがある狩人だ。

今更逃げられない。覚悟を決めて話しかけた。


「久しぶり。聞いたよ。負傷して、もう依頼を受けていないんだって?」


やっぱり知れ渡っている。そしてこの話になる。


「あの“双極”が負けた正体不明の獣はギルドでも話題になってる。俺みたいな1級狩人では分からないが、複数の特級狩人に調査を依頼していると噂だよ」

「そうか」


自分より強い狩人など沢山いる。

事前情報があれば、特級狩人ならば狩猟も可能だろう。

少しだけ安心した。俺がいなくても当然大丈夫なわけだ。


「…」

「…」


俺は気まずいが、あちらも俺にかける言葉を探しているのか。互いに沈黙。

道具はまだ見れていないが、この場にいることが耐えられない。適当に切り上げようとしたところで、ルミスが口を開いた。


「腕は、もうダメなのか」


視線が包帯が巻かれた俺の右腕に向けられているのが分かった。

俺は少しだけ包帯をほどいて、腕の一部を見せた。

真っ黒に変色している皮膚を見て、彼が息をのんだのがわかる。


「このとおりだ。全く動かないし、感覚もない。狩人はもうやれないよ」

「そうか…。今は、なにを?」

「遠くの開拓村で、狩人の指導をしている。こんな俺でも、まだ役に立てるみたいだ」

「そうか、それは…その、良かった」


元々口下手なこの丸刈りの狩人は、少しだけ微笑んだ。本気で俺のことを思ってくれているのが伝わる。思わず俺も笑ってしまった。


「今日ここにいるということは、もしかして免許取得試験か?」

「そのとおり。俺の教え子…と言ってもまだ1ヶ月も教えていないが、2人、試験を受けに来た。俺はその付き添いだ」

「そうか。お前の教え子なら、受かるよ。間違いなく」

「おお、そうか?ありがとう」


こんなに信頼されているのも今はこそばゆい。初めて組んだときから、この男は情熱的だった。


「じゃあ、俺はもう行く。何かあったら、呼んでくれ。すぐに行く」

「ありがとう。でも、1級狩人を呼ぶような獣が出ないことをむしろ祈っててくれ」

「はは、確かにな」


ルミスは、特に何も買っていなかったのか、手ぶらで店を出ていった。

最初はどうしようかと思ったが、会えたのがルミスで良かった。変な野次馬根性もなく、純粋に心配してくれていた。


「そういえば、レイも街に行くと言ってたな…」


俺の腕を治す方法を探すために街へ行くと言ってい俺の相棒。街というのがこの街のことかは分からないが、長居すれば鉢合わせる可能性もある。

早めに見て、乗ってきた馬車の中で時間をつぶすとしよう。

ルミスと同じように、結局何も買わなかった俺は、道具屋を後にした。


§


しばらく馬車の中でぼーっと過ごしたり、アルカに借りた小説を読んだりして時間をつぶした俺は、そろそろ試験が終わるころだと思い、ギルドに向かった。

一般教養は間違いなく合格するだろう。狩人の知識も、まあ大丈夫だと思う。アルカは勿論、ああ見えてエフテルはバカじゃない。

問題の実技だが、腕力はないが、素早さと器用さ、あとはなぜか対人戦闘能力はピカイチであるため、こちらも合格間違いなしだろう。

優秀な教え子だ。

別に俺がすごいわけではないのだが、なぜか誇らしい。

ギルドの前に着くと、ちょうど試験と免許交付が終わったのか、若い人間がぞろぞろと出てくるところだった。

養成所に通う人間はここからさらに手続きが発生するが、世襲狩人やエフテルたちのような者たちは、村に戻って早速狩人としての活動を開始するのだ。


「ラフトさん…?」


名前を呼ばれた気がして、そちらに顔を向けると知っている顔だった。今日はよく知り合いに会う日だ。


「あー…こんにちは、こっちで働いてたんだな」


見慣れた制服を纏ってそこに立っていたのは、メッツ村で受付嬢をしていた女性だった。


「はい、今はこの支部に配属されています」

「元気そうで良かった」


思うところはあれど、こうしてメッツ村の元住人に会えるのは嬉しい。

受付嬢は、少し逡巡した様子で口を開いた。


「その、メッツ村のことは…」

「いいよ、その話は。メッツ村は俺たちのせいで滅びたんだから」

「村人の皆さんは誰もそう思っていませんでしたよ。むしろお2人の体のことを心配して…」

「ごめん」


メッツ村は俺たちの、いや俺が負傷したせいで滅びた。

俺の故郷だったあの村はもうない。

いくら住民が無事だったとして、また集まったとしてもそれはあの村ではないんだ。


「守れなくてごめん」


結局俺は逃げたんだ。

ギルドの診療所から退院して、村にも戻らずに、すぐに旅に出て、メッツ村のことを後悔しつつも忘れようとした。

壊滅した村を見ないでよかったとさえ思っている。

もしかしたら、故郷が滅んだことを認めたくないのかもしれない。今は、この受付嬢の顔を見るのがつらい。


「師匠!終わったよー!」


俺を見つけたエフテルとアルカが駆け寄ってくれた。

すぐに空気を察知したエフテルは、少し黙って、俺と受付嬢の顔を見た。


「帰ろ、師匠」


そして俺の腕を引いて、ギルド支部を後にした。

馬車に向かう途中、受付嬢の辛そうな顔が忘れられなかった。


「何も言わないんだな」


馬車に乗り込んで、聞いてみた。


「うん。色々あるでしょ、生きてれば」

「…そうだな」

「ところで聞いてよ!余裕で合格したよ!もう周りのレベルの低いことったら!」


姉妹が得気に免許を見せてくる。白地のカードに5級であるかとと、各々の得意武器が記入されている。


「ははは、そうか。2人はすごいからな」


エフテルの気遣いがありがたかった。


「おめでとう、エフテル、アルカ」


馬車はまたここから5日間かけて、今の俺の居場所であるアオマキ村に戻っていく。

ちなみに、帰りの馬車の中では、いかに自分たちが優秀な新なのかということを熱弁された。よっぽど試験がうまくいったようで、良かったね。

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