第63話

「あれ、山本? 久しぶり。そうだ、今日飲みに――行かないか、やっぱり」

 今日だけは定時に上がって、元の部署へ顔を出したら、同期の相澤がそう声をかけてくれた。

 なぜか途中でみんなに突っ込まれて、飲み会のお誘いはなかったが。

「ごめん、また今度ね」

 そう言いながら奥のデスクへと目を移すと、雛子さんと目が合って小さく手を上げた。


 雛子さんも今日は定時で帰るとのことで、一緒に帰ろうというメッセージを受け取っていた。

「みんなも早く帰るんだよ」

 そう言って、雛子さんは颯爽と部屋を出る。

 課長がこんなに早く帰ることは珍しいこと、だけどたまにはそんな日があっても良いと思う。

 私は雛子さんの隣を歩きながら幸せを嚙みしめる。


「ふぅ、冷えるね」

「寒~い」

 外に出ると一気に気温が下がった。

「ここ、暖かいよ」

 雛子さんが私の手をポケットへと誘う。

「あ、ほんとだ」

「この前のセールの時にね、充電式のカイロを買ったのよ」

 ポケットの中に手触りの良い丸いものがあった。

「握っていていいよ」

 雛子さんは、そう言ってくれたけど、私は……

「こっちのがいいな」


 雛子さんの手を握った。


 

「雛子さん、ご飯どうします?」

「早く二人きりになりたいな」

 ご飯のことを聞いてるのに、そんな返し……嬉しい。

「買い物して、家で食べましょう」

「うん、ケーキは準備出来てるからね」

「もしかして、玲香さんの?」

「もちろん」

「やったー、早く帰りましょう」



「なんだか、こういうの久しぶりだね」

「ん?」

「部屋でまったり」

「あぁ、ごめんなさい」

 仕事帰りに二人で買い物をして、雛子さんの部屋で食事をする。

 今日はクリスマスらしく、チキンやケーキとワイン。

「小春のせいじゃないでしょ」

「でも、残業続きで会えないのは私のせい……」

「それを言ったら、私が小春を推薦したんだし。小春は頑張ってるって聞いたよ」

「えっ、もしかして、主任?」

「あぁ……うん」

「雛子さん、あのね」

「うん」

「私、今、仕事が楽しいの。雛子さんと主任には本当に感謝しています」

「そう、なら、会う時間が少なくなっても、我慢しなくちゃね」

 雛子さんは目を細めて言う。


 私が憧れて目標とする雛子さんにも、そんな時期があったのだろうか。

 仕事のために何かを我慢したり失くしたり?

「でも、無理だけはしないで。何かあればすぐに相談してね」

 そうんなふうに言ってくれる雛子さんがいるから、私は頑張れる。


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