第10話

「おはようございまーす」

「おはよう」

「おはようさん」

 朝の挨拶が交わされる中、私の目は飯田課長を探す。同じフロアではあるけれど、1番奥の遠い場所。

 課長は主任と何やら打ち合わせをしていた。私が知る限り課長はいつも私たちよりも早く出社している。いったい何時に来てるんだろう?

 食事に誘おうと意気込んで来たけれど、業務中には話しかけられそうにない。仕事の話でも私たち平社員が直接課長に接することはほとんどない。まずは直属の上司である主任に報告し、主任が必要と判断すれば課長へと話が通る。

 それに仕事中にプライベートな話をするのも憚れる。誘うとしたらお昼休みか終業後か?

 あっ! 今、一瞬目が合った?

 私ったら意識していなかったけど課長を目で追っていたみたいだ。気まずい……課長がこちらを見た瞬間、つい逸らしてしまった。これじゃまるでストーカーみたい。ダメだ、仕事に集中しなきゃ。


 お昼休み前、課長の席は空席だった。午前中からの会議が長引いているらしい。ちゃんと休憩とか出来ているんだろうか?

 終業時間になれば周りは帰り支度を始める。この会社では出来る限りの定時退社を求められているし、実際に残業は少ないーー私たち平社員は。

 課長はというと、まだ仕事中のようだ。終わるのを待つという手もあるが、どうしようか。

 チラチラと課長の席を伺いつつぼんやりしていたら主任が声をかけてきた。

「山本さん、まだ帰らないの?」

「あ、ちょっと調べ物を」

「なぁに?」

「あ、いえ。仕事のではなくて個人的なものなので、退勤のタイムカードは押してあります」

「そう、でもあんまり褒められたことではないわね」

「すみません、すぐ帰ります」


 結局今日は一言も話せなかったな、何度か目が合った気はするけど。

 いやでも、まだまだこれから、きっとチャンスはやってくるはず。


 

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