第8話

 なんで? どうしてこうなってるの?

 隣にいる彼女の寝顔を見つめる。

 可愛い人は寝顔も可愛いんだなぁ。


 さて、どうするか。

 私の危機管理能力が問われているかのようだわ。いや、笑い事じゃなくてね。

 もう一度、彼女の寝顔を見る。


 私の気持ちには、気付いてしまっていた。

 数時間前の出来事を思い出すだけで心臓が踊りだし、火を吹いたように顔が熱くなるのだから。

 あんな事が起こるなんて思ってもみなかったけれど、いやもしかしたら少しは期待していたのかもしれない。

 1番の驚きは、キスがあんなに気持ち良いものなのだという事実。


 私の気持ちはさておき、彼女の事を1番に考えるべきなのは当然のこと。そうなると自ずと答えは出る。

 なかったことにする。

 それがお互いの負担にもならない筈。今後も今まで通りの上司と部下の関係を保てば良い。そうすれば、いずれ彼女は素敵な人と出会うだろうし、仕事も出来るから出世もするかもしれない。うん、それが良い。

 昨夜私は酔って彼女に送ってもらい、そのまま泊まってもらった。その設定でいく。何かを聞かれたら覚えていないと答えればいい。


 朝食を作り、彼女を起こし一緒に食べる。美味しいと言って食べてくれる姿が微笑ましくて、つい欲が出る。

 少しでも一緒にいたくてもう少しこの幸せな時間を味わいたくて、コーヒーを淹れたり駅まで送ろうと言ってみたり。

 こんなに諦めが悪い人間だったなんて、情けない。


 彼女が出て行って玄関がパタンと閉まる。

 途端に体から熱が引いていくのがわかる。寂しい、こんな感情いつ以来だろう。

 彼女の直属の上司ではないから、これでもう職場でも気軽に話しかけるなんて出来ないし。


 いやいや、これでいいんだ。彼女の将来を考えればこれがベストな選択だ。

 自分でそう決めたんでしょうが。


 その週末はずっと、ゆらゆらと揺れ動いていた。

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