第21話

「おはようございます、課長」

「おはよう、佐野主任。留守中変わったことはない?」

「はい、特に問題はありません。山本さんも張り切ってます」

 先週、元気がないと主任も心配していた彼女の報告を受ける。主任もホッとしているようだ。

「そう、これ皆で食べて! これは主任へお土産ね」

「ありがとうございます、ただ」

「ん? 何か」

「張り切りすぎというか、毎朝早く出社しているようで」

「あぁ」

 彼女の方を見れば、今まさにかかってきた電話をいち早く取っている。

 やる気になっているのは良いことだけれど、主任の心配もわかる。

「また話してみます、帰りに寄ってくれるように伝えておいて」

「承知しました」



「課長」

 書類に目を落としていた私に、耳障りの良い声が届いた。

「あぁ、もうそんな時間なのね」

 時計を見ると退勤時間を少し過ぎていた。

「出張、おつかれさまでした」

「ありがとう、ねぇ山本さんさぁ、野沢菜って好き?」

「え? はい、好きです」

「そう、良かったら貰ってくれる? お土産屋さんで味見したら美味しくてね、つい買い過ぎちゃったの」

「え、良いんですか? 嬉しいです、勿体なくて食べられないかも」

「いや、食べてよ?」

「はい、遠慮なく頂きます。うわっこんなに沢山?」

「みんなで分けてもいいよ」

「はい。えっと、お話はそれだけですか?」

「ええ、気をつけて帰って」

「はい、ありがとうございます」

 すこぶる元気が良くて、やる気にも満ちている。主任の心配はもう少し様子を見てみようと思う。



「おはようございます、飯田課長」

「あら、おはよう、山本さん」

「野沢菜、食べましたよ、美味しかったです」

 主任の言う通り他の社員よりも早く出社している。

 私への挨拶を済ませると自分のデスクの掃除を始め、それが終わるとその周りの掃除をしていた。機嫌良さそうに、なんなら鼻歌まで歌いながら。何で知ってるかって? それはだって、気になってずっと見ていたから。

 綺麗に整頓されたデスクでなら仕事もはかどることだろう、見ているこちらも気持ちよく1日が始められそうだ。


 次の日も。

「課長、おはようございます。昨日は野沢菜を使ってチャーハン作ってみたら絶品でしたよ」


 そしてその次の日も。

 同じくらいの時間に出社し、私と一言二言会話をして自席へと向かう。とても楽しそうに。

 そんな彼女だから。

 その後出社してきた同僚たちにも声をかけられ笑顔で接し、いつのまにか賑やかな輪の中心にいる。

 誰からも好かれる彼女。


「そうだ山本、今日は飲み会参加出来るだろ?」

「え、あぁうん」

 ほらね、お誘いだってたくさんある。

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