素顔のまま

hibari19

はじまり

第1話

「助けて」


 そんな言葉を耳元で囁かれたなら、誰だってドキッとするでしょ。

 それも、私が密かに憧れている課長に言われたのだから、そりゃ何をおいても助けますとも!




 それは、年に数回ある会社の懇親会の時のことだった。

 部長の簡単な挨拶が済み、乾杯をする。その後はみんな好きなように食べたり飲んだりする。一応、会社の行事の一環であるが参加は自由だし、雰囲気も堅苦しくない。和気あいあいとしている。

 部長は挨拶を終えたら早々に会場を後にする。曰く、管理職がいたら楽しめないでしょ、と。

 私は新卒でこの会社へ入り2年目だけど、新人の頃からそうだった。上司にお酌をして回ったり、飲み物を注文したり等気を使うような事は一切しなくてもいい。

 大学の友達に話したら驚いていて、羨ましがられもした。その子の会社では、新人の女性社員はコンパニオンもどきの扱いらしい。


 周りの人たちと話しながらビールを少しずつ飲み、料理を食べる。美味しい。誰のセンスなのか……食事の美味しさでお店を選んでいるんじゃないかと思える程、毎回美味しい料理が出てくる。

 美味しい料理は人を幸せにする、私の持論だ。

 幸せな気分に浸りながら、30分ほど経過した。あぁ、そろそろ課長も退席するのかなぁ、今回も話す機会がなかったなぁと考えていたら、大きな声が聞こえてきた。

「なんですか飯田課長、僕のお酒が飲めないって言うんですか?」

 はっ、何絡んでんの、しかも課長に!

 声の主は、同期の相澤だった。

「わかったわ、これでいい?」

 注目が集まる中、課長はお酒を飲み干した。

「なんだ、やっぱり飲めるんじゃないですかぁ」

 ヘラヘラと笑って相澤は席を立った。

 私が知る限り、課長も「後はみんなで」と早々に帰ってしまうので、今まではお酒を飲んだことがなかったのだ。

 そんな課長と、相澤はコミュニケーションを取りたかったのかもしれない、その気持ちはわかるがやり方がまずい。一歩間違えばセクハラだ、飯田課長は数少ない女性の管理職なのだから。後で相澤にはキツく言い聞かせておこう。


 5分程したら、やはり課長は席を立った。おそらくこのまま帰ってしまうのだろう。

 相変わらず綺麗だな、ぼんやり眺めていたら、私の側を通りがかった時にふと足がもつれた。

「あっ」

「大丈夫ですか?」

 隣の席の男性社員も気が付いて、咄嗟に手を差し伸べた。

 飯田課長は一瞬ビクッとして、私の耳元で囁いた。


「助けて」と。

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