第46話

 食事を終えて、私の気持ちを伝えて、雛子さんは笑顔になった。

「それじゃ仕事の話はここまでね」

「あっ」

 そうだった、その一言で現実に戻る。

 今の話で今年一年分の幸運を使ってしまったような気がしていたから、これからの話を聞くのが怖い。

 雛子さんが真顔になって緊張しているように見えるのも、その原因の一つだ。

「うちに来てもらってもいいかしら?」

「はい」

 外で出来る話ではないのだから、そうなるよね。

 雛子さんの家へ着くまでは、出張中の職場の話やとりとめのない会話をしながらも、心の中では緊張が高まっていく。


「お邪魔します」

「さっき一旦帰って掃除はしたんだけど、埃っぽかったらごめんなさいね」

 雛子さんの部屋へ入るのは2度目だが相変わらず綺麗に片付いていた。

 あの日から私の恋は始まったんだ、なんだか遠い昔のような気がしている。


 目の前にマグカップが置かれると同時に雛子さんが隣に座った。

「ごめんね、小春」

 雛子さんの話はそんな言葉で始まった。

「貴女の好意に薄々気付いていたのに、ずっとはぐらかしてた。それは私の弱さのせいなの、貴女の気持ちも考えずに私は……逃げていた。歳を重ねると狡くなるのかな、自分が傷つくのが怖くて予防線を張ってた」

 何が言いたいのか具体的にはわからなかった、雛子さんの辛そうな表情の方が気になって思考が鈍くなっていた。

「本当は最初から気になってた、小春のこと。だけど歳も離れてるし、職場に行けば上司と部下だし、自分からは距離を縮められなかったの。小春はまだ若いしお誘いもいっぱいあるし、これから先いっぱい恋をして幸せになって欲しいって思ってた。小春がアプローチしてくれたことで関わることが増えて、小春を知る度に貴女の魅力に惹かれていたのは事実なのに、それを素直に認められなかったのよね。この歳で自分をさらけ出して傷ついたら立ち直れないもの。自分のことしか考えてなかったのよ、ごめんね。これが本当の私なの」

「雛子さん、それって私のこと少しは好きってことですか?」

「大好きよ、小春には幸せになって欲しい、ずっとそう思ってる。そして出来れば私の隣でそうあって欲しい、私のそばで笑っていて欲しい。私と……付き合って欲しいの」

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