素顔のまま(終)
第44話
その日は朝からフロア全体がザワついていた。どうやら飯田課長の交渉がうまくいったらしく、これから大きなプロジェクトが始まるとかなんとか。そしてお昼前、
「おかえりなさい」
主任の声を皮切りに、次々と声がかけられる。
「おめでとう」
「よくやった」
「おつかれさまでした」
今回の課長の功績は会社にとってかなりの利益に繋がるらしいーーというのは、昨夜経理の小林さんに聞いた話。
それからこれはまだ噂の段階だけど、課長が昇進するとか、営業の手腕を買われて異動があるとかなんとか。
私も一言声をかけたかったのだけど、いろんな人に囲まれてそれぞれに返事をしていて、疲れているだろうと思ったらかけそびれてしまった。
報告等で席を外すことも多くて、気付いたらいなくなっていた。
「課長は?」
「もう帰ったらしいよ」
そんなやり取りも聞こえてきた。
気が抜けた。
そうだよね、今まで大変だったんだから、ゆっくり休んで欲しい。
『帰ったら返事をするから待ってて』
あの日の雛子さんの言葉がずっと頭から離れなくて、一週間が一年にも思える程だった。
私たちの関係はどうなるのか、いずれにせよ今まで通りというわけにはいかないだろう。
それは酔って告白してしまった私のせいで、雛子さんは悪くない。きちんと返事をくれるという誠実さは雛子さんらしい。
どんな返事だって私は受け入れ……なきゃいけない……んだけど、やだな、せっかく仲良くなってきたと思ったのに、これで部署も異動になったりしたら会社でも会えなくなったりするの?
今まで通りで良かったじゃないか、なんであんなこと言っちゃったんだろう、今更後悔したところでどうしようもないのだけど。
いつの間にか終業時間の5分前だった。
「あれ、課長忘れ物ですか?」
「そんなところね」
その声が案外近くで聞こえたのでびっくりして顔を上げたらバッチリ目が合った。ということは、課長は私を見ているということで。
「山本さん、定時で終われる?」
「あ、はい」
「じゃ、下で待ってるから」
課長がフロアを出て行くのを見送っても、心臓のバクバクがおさまらない。
どうしよう、今日これから?
まずは落ち着こう、うん、先に伸ばしたところで結果は変わらないのだから。
いざ……
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