第48話

「小春、狭くない?」

 そんなに小さくなって、なんて言いながら雛子さんがベッドに入ってくる。

 入浴後だからか雛子さんの体は触れなくてもポカポカしているのが分かるし良い匂いがしているし。

「もっとこっちに来たら?」

 セミダブルのベッドなので余裕はあるけど、あんまり近付くと私の理性が危なくて。

「大丈夫です」

 とは言ったものの、やっぱり近づきたい。

「でも雛子さん、ちょっとだけ触れてもいいですか?」

「小春はいつもそうやって聞いてくれるよね?」

「だって、雛子さんが嫌なことはしたくないし、それに雛子さん苦手かなって思って」

 何も言わずに触られるのは嫌なんじゃないかと思う、いつだったかそう思った出来事があったから。

「やっぱり小春は気付いてたのね、でもね、他の人はダメでも小春なら大丈夫なの。あの時ーー私を助けてくれた時も、安心して身を任せられたもの」

「え、それって」

「私にとって小春は特別だったみたい、ずっと前からね」

 嬉しい。

 身体中の細胞が一気に活性化したようで、全身がポカポカする。

「私にとっては、雛子さんが特別で唯一無二の存在ですよ」

 そっと頬に触れてみる。

 雛子さんの視線が揺れ動いた、と思ったら見る見るうちに顔が真っ赤になった。

「雛子さん、真っ赤」

「やめてよ、いい歳して恥ずかしい」

 見ないでよと、逸らそうとする顔を追いかけて見つめる。

「なんでですか、これが雛子さんの素顔なんでしょ、可愛いですよ」



「小春、そろそろ起きて」

 雛子さんの声に慌てる。

「ふぁぁ、起きてますよ〜」

 バレているとは思うけど、とっくに起きてた風を装って、顔を洗いに行く。

「よく寝られた?」

 朝食を食べながら、昨夜を思い出す。

「ぐっすりです」

 ドキドキして寝られないと思っていたのに、なぜだろう、あっという間に眠りに落ちていたのだ。

「それは良かった」

「雛子さんは?」

「私もよ、きっとアレが効いたのね」

 アレというのは、おやすみのキスのこと。

 ほんの軽いキスだったのだけど、昨日の私にはそれだけで嬉しすぎて胸がいっぱいで、つまりーー幸せだったのだ。

 雛子さんも同じ気持ちだったのなら、凄く嬉しい。

 二人して頬を赤らめながら食事を終えた。


「ねぇ小春、同じ服だとまずいわよね、ジャケットだけでも私の貸してあげるわよ」

「え、でも雛子さんのだとわかったら余計にまずいのでは?」

「えっと、この色は会社に着て行ったことないから大丈夫、どう? あらピッタリじゃない、似合うし」

「そうですか、ではお借りしようかな」

「あ、そろそろ行くわよ」

「はぁい」



 この扉の向こうには、二人の未来が続いている。

 喧嘩したり仲直りしたり、離れたり寄り添ったり、いろんな分かれ道があるかもしれない。それでも同じ道を支え合いながら歩いていけたらいいな。



「小春? なんで玄関を睨んでるの?」

「え、いや、なんでもないです」

「ほら、行くわよ」

 私は差し伸べられた手を取った。



【了】

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