はじめられない

第5話

 私は揺れていた。

 ふらふらと、あっちへ行ったりこっちへ来たり、揺れ動いていた。



 仕事の場では揺らぐことはない。

 しっかりとした信念を持ち、状況を判断し最適な処理をする。そういう地位にいる。もちろん最初は不安で自信もなかったし間違えることもあったが、周りの支えもあったし何より仕事が楽しかったからのめり込んだ。一段ずつ階段を登るように、アドバイスもミスも自分の糧とし、努力もして着実に自分の力へと変えていった。

 結果、課長という地位を得た。


「飯田課長、そろそろ行きましょうか」

「わかりました、部長」

 今日は部署の親睦会だった。

「最近はどうなの?」

「順調ですよ」

 廊下を歩きながら話をする。

「仕事じゃなくてプライベートよ、充実してる?」

「え……まぁ」

「してないのね」

 相変わらずわかりやすいのね、と言い苦笑いだ。

「部長のようにはなかなか……」

 私が新入社員の頃に教育係だったこの人は、私の5歳上だから当時は27歳か。仕事も出来てコミュ力も高くてキラキラ輝いていた。定時には仕事をしっかりと終わらせて帰っていく、なんせ新婚ホヤホヤだったから。その後二人のお子さんを産んでそれぞれ3ヶ月の産休だけで職場復帰し今に至る。この会社で女性が部長職に就いたのは初めてという話だ、凄すぎる。

 こんな人が身近にいれば、憧れて目標にするのは当然のこと。

 ただ私は器用ではないしコミュ力も乏しい。二つの事は無理なので、自分に出来ることを精一杯の力で仕事だけに邁進し今に至る。仕事での交渉はスムーズに出来るのに、プライベートでのコミュニケーションは未だに苦手という。結果、ひとり独身なのである。


「仕事ばかりじゃなくてさ、人生のパートナーがいると楽しいわよ」

「はぁ」

「まぁ無理にとは言わないけどね、今日の親睦会で出会いがあるかもしれないし、それでなくても部下とのコミュニケーションは必要よ、今日はいい機会じゃない」

「部長がそれ言います? いつもさっさと帰られるのに。それに上司がいたら楽しめないだろうって言ってたじゃないですか」

 だから私も部長を見習って早めに切り上げていたのだ。

「あ、それね。ただの言い訳よ、だって早く可愛い子供たちに会いたいじゃない。まぁ今は大きくなって生意気になってきたけどね」

 そう言い切る部長は50歳と思えないほど輝いていて可愛らしくみえた。

 やっぱり、愛する人守るべき人がいるのは素敵ことなんだなと思った。

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