第4話

 最初からだったんだ。

 課長を助けるために触れた瞬間から、私はもう堕ちていた。

 冷静にって心がけてはいたけど、支えて歩いていた時に触れていた腕や身体の温かさで、私の心の中央はしっかり熱を帯びていた。ベンチやタクシーで座った時に離れた瞬間、寂しかったのを覚えている。


 そして今、唇が触れた瞬間に私の理性は吹き飛んだ。

 どうなっても構わない、この人が欲しい。

 体を反転させ私が上になるーーつまり、いただきます。




「はぁぁ、やっちゃったなぁ」

 課長の家のベッドの上で一人目覚めた時の私の気持ちだ。

 音がしているから課長は隣の部屋にいるみたいだけど、どんな顔して会えばいいのやら。

 いや、後悔しているわけではない、決して。

 してはいないけどさ、課長はどう思ってるのか。同意も取らずにいきなりだったもんな、嫌がってはいなかったと思うにだけど。舞い上がっていたとしても、さすがに拒否られたら止めてたと思うし。いや、本当のところはどうだったんだろう? まずは謝るべきか。いやでも昨夜は、なんというかとっても幸せな時間だったなぁ、あ、私にとってはだけど。

「はぁぁ」

 ウダウダと思考を巡らせ時間だけが過ぎていく。


「山本さん起きてる?」

「は、はいっ」

「朝ごはん出来たけど食べられる?」

「あ、はい。今すぐ」

「ふふ、いいわよゆっくり準備して来て」

「はい」


 うわぁ、びっくりした。

 反射的に会社にいる時のように返事しちゃった。


「あり合わせで作ったから大したものじゃないけど」

「いえそんな、凄く美味しそうです。いただきます」

 課長の手作りってだけで貴重なのに、それはとても美味しくて。

「お味噌汁、感動的な美味しさです」

「そう? 良かったわ」

 この卵焼きも美味しっ。


「昨日はありがとう」

 課長の言葉に我に返る。

 食事に夢中になっていてすっかり忘れていたけど、謝った方がいいのかな。

「わざわざ家にまで送ってくれて。今日が土曜日で良かったわ、あ、でも今日予定があったりしたら申し訳ないわね」

「いえ、何も予定はないです」

 あれ、この感じは……帰ってからのアレコレは覚えてないのかな? それとも、忘れてるフリ?

 とりあえずは怒っているわけでも、嫌われているわけでもなさそうなので、ホッとした。

「何かお礼しなきゃね」

「え、いいですよ。朝ごはん頂きましたし」

「あら、こんなのではお礼にならないわよ」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

 

 食後のコーヒーまで頂いて、帰る支度をする。

「タクシー呼ぼうか?」

「いえ、電車で帰れますから」

「じゃ、駅まで送るわ」

「いえいえ、大丈夫です。課長はゆっくりしていてください。二日酔いとか大丈夫ですか?」

「ええ、それは。アルコールには弱いけど、そんなに量は飲んでないしね」


「昨日の夜のことなんですけど……」

 本当に覚えてないのかが、どうしても気になる。

「えっ?」

 あ、動揺してる……ような、微かに頬に赤みも刺してる?

「あ、いえ、何でもないです。帰りますね」


 飯田課長は、なかったことにしたいのかな。

 あの情事よるのこと。

 私はどうしたいのか、一人考えながら歩いた。

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