第60話

 あれ、小春からだ。

「わっ」

「どうしたの?」

 スマホの画面を見て思わず声を上げた私を心配そうに見つめているのは部長だ。

 今朝は朝一番に部長室へやってきて打ち合わせをしていた。

 その間に小春からの不在着信が3件とは……

「こ、えっと、山本さんが」

「いいわよ、電話してあげたら? 例のことで心配してるんでしょ」

「あぁそうだった、小春は何も知らないんだった」

「え、待って。彼女に話してなかったの?」

「雛子さん大丈夫ですか、今どこですか?」


「え、え?」

 部長の驚きと、スマホからの小春の叫び声が重なって若干パニックに陥る。

「あ、小春? 今部長のところ」

「まさか呼び出し?」

「え? どうしたの小春」

 さっきは興奮していたし、今はなんだか泣き出しそうな声じゃない?


「ちょっと貸して」

 部長がスマホを奪いとる。

「山本さん落ち着いて、今からこっちに来られる?」

「あ、部長。すみません、すぐ行きます」

 何がどうなってるんだろう。

 スマホを返してくれた部長は、怒っているような呆れているような顔だ。


「彼女に言わずにやっちゃったのね」

「あ……」

「本当にあなたって人は」

 抜けてるだの世話がやけるだの、ぶつぶつと言われ続けている間に小春がやってきた。早っ! と思ったら、顔色悪いし息は荒いし、走ってきたっぽい。


「雛子さん、私ほんとに誰にも話してないんです、でも噂になっちゃってごめんなさい」

「小春?」

 どうして小春がこんなにも悲壮な顔をして謝っているのか、ようやく私は理由に思い当たり、やってしまったんだと理解した。

「ごめん、小春。私なの」

「へ?」

 怒られるとでも思っていたのか、私が謝ったことで小春はポカンとしていた。

「私が、噂を流した張本人……です」

「え、えっ、なんで……」

「だって、小春が誰かに取られるのが嫌だったんだもの、まぁ好意を持たれるのは仕方ないとしても、私と付き合ってると知れ渡ればそうそうアプローチされることはないだろうなって」

「はぁ?」

「それにね、悪いことしてるわけじゃないから隠す必要ないでしょ?」

「はぁ」

「もちろん、小春に何も言わずにしちゃったことは悪いと思ってる、ごめん。怒ってる?」

「雛子さん、私、怒ってます。私が取られるってなんですか? 私が雛子さん以外の人になびくわけないじゃないですか、そんなこと思ってたなんて心外ですよ」

「そ、そう? 良かった」

「なんで嬉しそうなんですか」

「だって小春が私のことそんなに好きーー」

「わー雛子さん!」

 なんでそんな大きな声を出すのって、あっ。

「コホン」

 わかりやすく咳払いをする部長の存在をすっかり忘れていたわ。

 「部長、一つだけ確認しても良いですか?」

 小春が真面目な顔をして尋ねる。

「なにかしら」

「今回の件で、雛、課長になんらかの処分とかは……」

「大丈夫よ、別に就業規則に違反しているわけじゃないし、社内恋愛は自由よ。まぁイチャつくのは人のいない時にして欲しいけどね。じゃ、あとは二人でどうぞ」

 ちょっと出てくるから、と本当に出ていってしまった。気を使わせてしまったかもしれない。


「小春の方は大丈夫? 誰かに何か言われたりしてない?」

 何かあれば私が全力で対処するわ。

「何もないよ、小林さんは応援してくれてるし。それに私は、雛子さんの気持ち嬉しかった。そう、悪いことしてるわけじゃないんだから堂々としていればいいんだよね」

 小春ってば、やっぱり良い子だ。


「雛子さん、それはやめて!」

「えっ」

「会社では節度ある行動をとってください」

 私の顔の前には小春の手のひら。

 私が何をしようとしたかは言わずもがな。

 はぁ、最近は小春には怒られてばかりーーそれが私の憂鬱。


 でも、それが嬉しいのだから、困ったものだ。


【了】

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