忘れたい告白

第39話

「好きです、雛子さん」

 もう何度も伝えている好意。

 けれどあの日は、伝えられずにいた。

 私が、私なんかが雛子さんを好きになるだなんて……

 あんな初歩的なミスをして迷惑をかけたのに、雛子さんは優しくて。気を使ってくれているのがわかるから余計に落ち込んで。私なんか消えちゃえばいいのにって思っていたら、不意に抱きしめられた。

 ふわっと、優しく、包み込むように。

 甘えてもいいの?

 少しだけ、いや、ずっとこうやって守られていたい。

「好きです、雛子さん」

 いつものようにお礼を言われると思っていた私は、その日の雛子さんの返事に驚いた。

「ん、知ってる」

 どういう意味なんだろう。

「私が知ってるって事を覚えていて、忘れないで。落ち込んだ時には思い出して」

 それは、私が雛子さんを好きでいてもいいってことなんだろうか。私の都合の良い解釈かもしれないが、少しだけ許されたような気がした。


 事故があっても事件があっても、時間は平等に過ぎていく。

 週が明け、会社も仕事も平常通りだった。

 程なくして、課長は長期出張となった。なんでも日本海に面した小さな街で、交通機関が脆弱なため行くのに一日がかりだという辺鄙な場所とのこと。

 短く見積もって1ヶ月、長ければ数ヶ月帰って来られないらしい。実質的な左遷じゃないかとの噂も出ている。そんなの私のせいではないか、いっそ私を僻地へ行かせてくれたら良かったのに。

 そんな噂を部長は一蹴した。

「そんなのデマよ、雛に直接聞いてみるといいわ」と。


「そうよ、部長の言う通り。前に古書店巡りした時に話したでしょ、小春が見つけてくれた雑誌のーー」

「あぁ、インタビュー記事の?」

「そう、あの人がこの街にいるのよ。田舎暮らしが好きで移住してきた強者よ」

 その人と交渉するための出張なのだと言う。

 電話越しに微かに波の音が聞こえる。

「堕とせそうですか?」

「どうだろう、時間かかるかもね。でも小春が探し出した記事を武器に戦ってみるわ」

「頑張ってください」

 雛子さんに少しでも早く帰ってきて欲しいから。

「ん、小春もね」

「雛子さん、好きです」

「うん知ってる、おやすみ小春」


 交渉が上手くいってお仕事の目処がついたら雛子さんは帰ってきて、また今まで通りの関係性で、食事に行ったりデート出来るんだって思っていたんだ、まだこの時は。

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