第38話

「どこ行く? どこでもいい?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、小春がよく行くって言ってたお好み焼きやさんにしよう」

「えぇ、お好み焼きですか?」

「そうよ、美味しいんでしょ?」

「それはそう……ですけど」

「はい、決定。連れてってね」

 少し強引に、今日は押し切った。


「あら春ちゃん、久しぶりねぇ。なんだか立派になっちゃって」

「おばちゃん、前に来た時もそう言ってたよ」

 小春にとっては故郷みたいな場所なんだろう、店主の大らかさに自然と笑みが溢れていて、ホッとした。


「雛子さん、1番高いものを注文しますからね。お代わりもしてくださいね」

 初めてご馳走するという気合いなのか、そんなことを言う。

「あらいいの? ならお言葉に甘えるわ」

 大きな鉄板に向かい合わせで座る。

 しばらくすると注文したボールが届く。

「はい、ホタテとエビね。春ちゃんなら任せても大丈夫ね」

 店主はすぐに奥へ行ってしまった。

「小春が焼くの?」

「心配ですか?」

「ううん、信頼してるわ。特別美味しくしてね」

 小春の肩がピクリと動いて顔はこわばる。

 あら、プレッシャーかけちゃったかな。


「ふぁ、あっつ、おいひぃ」

「雛子さん、やけどしますよ。もっとゆっくり食べればいいのに」

「だって、美味しいんだもん。ほら小春も食べな」

「はぁい」


「次は定番の豚肉いきますか?」

「そうねぇ、一個気になってるのもあるんだけど」

「じゃ、ハーフにして2つ頼みましょう、何が気になるんです?」

「納豆」

「……え」

「だめ? 納豆嫌い?」

「嫌いじゃないけど。雛子さん、チャレンジャー」

「ふふ、褒められちゃった。失敗したっていいんだよ、チャレンジすることに意義があるんだから、そうだ次は私が焼いてもいい? いいよね」

 いつもより無口な小春に対し、私ははしゃいでいた。お好み焼きくらい簡単に焼けるだろうと思っていたけど、裏返す時に見事に失敗したりして。

「何やってんですか雛子さん、実は案外不器用?」

 小春にいじられたり。

「いいじゃない、納豆! 私は好きよ」

 小春にあきれられたり。

「あぁお腹いっぱい、ご馳走さまでした」

「また来てくださいね」

 本当に、何度でも来たくなるような居心地のいい空間だった。


 駅までの帰り道、人通りはまばらで静かだった。いつもなら「手を繋いでもいいですか」と尋ねてくる小春だけど、今日は俯きがちだったので、私はその目の前に手を出した。私の意図を汲んだ小春は少し躊躇ったあとにその手を掴んだ。

 すぐに気持ちを切り替えられないのはわかっている。だけど小春は一人じゃないって事を伝えたかった。


「一人で大丈夫? 週末、どこかへ出掛けようか」

「いえ、これ以上雛子さんに迷惑はかけられない」

 誰が迷惑って?

「あっ」

「ごめん、つい」

 思わず、抱きしめていた。考えるより体が先に動いてしまったアクシデント。

 離れようとした瞬間、小春の腕が背中に回されたのを感じて動きを止めた。

 しばらくこのままでいてもいいだろうか、自分以外の人の体温はじわりと心を温める。

「ねぇ、いつもの言葉が聞きたい」

「雛子さん?」

 私は小春の体温のせいで熱に浮かされていたのかもしれない。

「あれ聞くと元気になるのよ」

「好きです、雛子さん」

「ん、知ってる」

「……」

「ねぇ小春、私が知ってるって事を覚えていて、忘れないで。落ち込んだ時には思い出して」

「……はい」

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