アクシデント

第37話

 トラブル発生の一報を受け、対処にあたった。それが私の仕事であり、そういう役職なのだから当然のこと。

 だけど今回は、少しだけ私情が挟まっている。原因が彼女ーー小春だということ、そのことで私が判断ミスをしないよう細心の注意をした。

 確認と状況説明をすると、当然ながら小春は自分を責め、涙をこぼす。

 その顔を見れば私も胸が締め付けられる。本来なら自宅謹慎となるところだが、こんな状態の小春を一人にしてはおけない。とはいえ、私が一緒にいるわけにもいかず主任にお願いした。

 その主任から、手伝いたいと小春が言っているとの連絡を受け、少しでも自責の念が軽くなればと仕事を与えた。

 私の判断は間違っていたのだろうか。


 トラブル対応は、部長が迅速に指揮をとってくれて、他部署との連携もうまくいった。いろんな人に無理を言って時間外に動いてもらった。私も精一杯のことをした。ただ時間に余裕がなかったために、納期には間に合わなかった。


『営業四課の岡林部長代理と一緒に先方への謝罪をすること』

 上からの指示に従い、その日は一日中お詫び行脚となった。

 うちの会社の営業四課はそういった部署で、この部長代理はいわばお詫びのプロだ。弁護士資格があるという噂もある。一挙手一投足が勉強になり、さらに何故か人脈が豊富という、不思議だけど魅力のある女性だ。


「今日はありがとうございました。助かりましたし勉強にもなりました」

「そう? 良かったら今度デートでもしましょ?」

「はい?」

「冗談よ、それじゃこれから頑張って」

「はい、ありがとうございます」


 部長代理はこれで業務終了だけど、私はこれから会議がある。会議という名の聞き取りだと思う。今回の件の責任の追及だが、これはもう致し方ない。粛々と受けとめよう。



「おつかれさまでした、部長」

「うん、久々に疲れたわ」

 長い会議の後、役員たちを見送って部長と二人になった。

 ようやく終わったなぁと長いため息を吐く。

「どうなりますかね?」

「そうねぇ、3ヶ月いや半年くらいの減俸かな」

 部長が予想する処分は、案外軽めだった。


「ごめんなさい」

 突然、背後からの声に驚いて振り向くと、小春がいた。

「どうして……」

「すみません、どうしても謝りたいって聞かなくて」

 小春の隣にいた主任が小さくなっている。

「そうだ! ちょうど良かった、佐野さんに聞きたいことがあったの」

 部長が主任を、ちょっと来てって、連れて行ってしまった。


「課長、本当にすみませんでした」

 会議室の窓から夕陽が差し込んでいた。

「前に言ったわよね、責任は私が取るって。もう謝らなくていいわよ」

「でも……」

「今日初めて会ったのに、そんな顔じゃ嫌だなぁ」

 長かった今日1日、ずっと会いたいと思っていた。朝チラッとでも顔を見ておきたかった。こんなことなら写真でも撮っておけば良かったなぁと思っていた。

「あっ、はい」

 慌てて涙を拭う表情も記憶に留める。

「ねぇ小春、さっきの話聞いてた? お給料減っちゃうみたいなの。だから何かご馳走してくれる?」

「はい、もちろん」

「じゃ、行こうか」

「え、今からですか?」

「うん、お腹空いちゃったもの、行くよ!」

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