これって、デート?

第30話

 長い1日がようやく終わろうとしていた。

 振り返れば、朝から歯車が狂ったように何かがおかしかったんだ。


 その日は課長との食事の約束をしていたから、何を着て行こうかと迷いいつもより支度に時間がかかった。慌てて家を出たら途中で忘れ物に気付いて戻ることになり、いつも乗る電車に間に合わなかった。始業時間には間に合ったけれど、課長と1番最初に挨拶をするという私の密かな楽しみは叶わなかった。

 まぁでも、仕事が終われば課長を独り占め出来るんだからと気を取り直し仕事に励んだ。

 ところがお昼休みに同期の相澤に飲みに誘われた。もちろん断ったよ、課長との食事の方が大事に決まってる。なのに相澤はしつこく誘ってくる、いつもはすんなり納得するのになんでだろう?

 すると課長からキャンセルのメッセージが届いた、打ち合わせが入ったからと。仕事なら仕方ないけど本当だろうか、さっき相澤との会話の時に目が合ったから気を使ってくれたのかもしれない。

 楽しみにしていた約束がなくなって気が抜けた。それでも相澤の誘いは断るべきだったんだ。あまりにグイグイ来るからつい。いや、押しに弱い私が悪いのか。

 飲み会はあまり楽しくない。そりゃそうだろう、どうしたって課長との食事と比べてしまうから。こんなんじゃ一緒に飲んでいる人にも失礼だよね、一杯だけ飲んだら早めに帰ってしまおう。そう思っていたのに、相澤の先輩だという人にあれこれ話しかけられる。悪い人ではないと思う、でも何だか……気持ち悪い。だけど同じ会社の人だから邪険にする事も出来ず。

 相澤に助けを求めようとしたが、目が合ってもスルーされた。これはもう自分で何とかするしかない。

 酔ったフリして帰る事を告げお店を出た。その人ーー後で栗田という名前だと知るーーもついてくる。

「もう一軒行こう」

「なら静かな場所で」

 などと意味不明のことを言う。

 怖い、ただそれだけを感じ自分がどう行動すればいいのかわからなくなっていた。


「どうかした? 山本さん」

 突然、課長の声がした。

 え、なんで?

 驚きと嬉しさと安心が混ざり合って、私の頭はキャパオーバー、つまり軽いパニックだったんだと思う。涙を堪えるのに必死だった。

 気付いたら課長とタクシーに乗っていて私の家へ向かっているようだった。課長は何も話さないし私も話せなかった。

 怒ってる、よね?

 食事の約束がキャンセルになったら、これ幸いと飲み会に出席するなんて。

 最低だよ、私。軽蔑されても仕方ないくらいなのに、課長は私を助けてくれて尚且つ部屋の前まで送ってくれた。

 ちゃんとお礼を言わなきゃと思いながら結局言えず、1人になって悔やんだ。

 今日は金曜日だから、月曜日まで会えない。そんなのダメだ、早いうちに謝罪とお礼はしなきゃ。こんな時間だからメッセージで送る。

 しばらくして返事が来た。可愛いスタンプだった。どうしようもなく話がしたくなった。そんな私の我儘を課長はいつも聞いてくれる。

 そして。

「ーー明日、ご飯食べに行こう」

 え、いいの?


 長い1日の終わりに、こんなに嬉しい事が起きるなんて。私はいつもより強く拳を握りしめた。

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