好かれる理由

第19話

「はい」


 とても大きな声で返事をし、体の前で拳を握り小さく振っている。私と食事をする事をそんな風に喜んでくれるなんて。自惚れてしまうからやめて欲しい、期待させないでよ。

 言えないけれど。


 昨日、会議室で食事に誘われた時は驚いた、と同時に安心もした。もっと深刻な事を言われるんじゃないかと思っていたから。なんだそんなことかと同意したのだけれど、彼女との食事は思った以上に楽しくて危険だ、彼女を知れば知るほどその魅力に溺れてしまいそうだから。

 そんな風に思いながらも、楽しみにしている自分も確かにいて。

 部長の言う通り、素直になれたらどんなにか楽だろうなぁ。



「それでは今後ともよろしくお願いします」

 取引相手を見送って、今日の出張案件はほぼ終了し安堵のため息を吐く。

「おつかれさまでした」

 今回同行してくれたのは、他部署の氷室さん。成績抜群で鳴物入りで入社した、今は確か3年目。開発部なのに半分営業のような事をさせられているのは、この美貌のせいだろうか。

「おつかれさま、今日はもう終わりなので、食事にでも行きますか?」

「いえ、業務ではないのなら遠慮させていただきます」

「あ、そうね。ごめんなさい」

 そうよね、出張へ同行し仕事が終わったならさっさと解放して欲しいと思うわよね。

 公私をハッキリ区切ることは悪いことではない、上のものにも自分の意見を言えることも。そんな時代になったのかと感慨深いし、ある意味羨ましい。

「私の彼女、嫉妬深くて。素敵な女性と二人きりで食事に行ったって知ったら大変なことになりそうなんです、だから」

 氷室さんは、滅多に見せないはにかんだ表情で言い、宿泊先のホテルの部屋へと戻って行った。

 さらっとカミングアウトも出来る時代になっていたのかと思いながら、私は彼女の顔を思い浮かべていた。お土産を買って帰ったら喜んでくれるだろうかと。

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