第15話

「では、その件はおしまい。いつものヒアリングに移るわよ、これに記入してくれる?」

「はい」


 渡した用紙は、数分で記入出来る簡単な質問項目だ。その間に冷めたコーヒーを淹れ直す。糖分も摂れるように小さなチョコを付ける。


 用紙を受け取り私がそれを確認する間に、彼女は静かにカップに口をつけた。チョコレートも口に運び咀嚼する。良かった。入室時よりも顔色は良い。


「何か補足はありますか? 会社への要望でも」

 記入された内容を一つ一つ確認した後、さらに聞き取りをする。

「いえ、特には」

 合わせようとした視線をかわされる。

 今日は随分と警戒されているみたいだ。


「本当? 私に何か言いたいことがあるんじゃない?」

「あっーー」

「何でもいいわよ」

「でも……」

「プライベートな悩みでも」

 たとえそれが、私に対する非難でも真摯に受け止める覚悟は出来ている。

「本当に何でも構いませんか?」

「ええ、部下の素顔を知るのも上司の勤めだと思うの」

 嘘だ、そんなこと許されていい筈がない。プライバシーの侵害、パワハラ確定だ。

 距離を置こうと思っていた筈なのに。実際こうして二人で対峙してしまったら、こんな顔の彼女を見てしまったらどうしても抑えきれないーー彼女の事を知りたい。


「課長、一緒に食事でもどうですか?」

 真剣な顔だった。

 大変な悩みを打ち明けるような表情で、食事に……誘われた?

「え? あぁ、そうね。そういえばこの前のお礼もまだだったし、鰻でもお寿司でもフレンチでも奢るわよ、何が良い?」

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