第68話

「一緒に暮らそう?」

 安易に発した言葉ではない。

 クリスマスイブの雰囲気に流されたとか、なかなか会えない寂しさに耐えられなくてとか、そんな軽い気持ちじゃないの。


 小春からの返事は……ない。


「だめかな? 小春は嫌?」

 嫌ではないけど即答出来ないと言う。


 急ぎ過ぎた、かな?

 そうよね、小春はまだ若い。

 お肌だってピチピチだし、職場でも先輩たちに可愛がられてるし、同期の相澤くんにはいつも飲みに誘われているし、仕事も恋もまだまだ無限の可能性が……

 え、やだ。

 仕事はいいけど、恋は他の誰にも譲りたくない。


「もし一緒に暮らして、嫌なところが見えてきたらどうするの?」

 別々の人間なのだから、価値観の違いや嫌なところもあるだろう。一緒にいる時間が増えれば、今まで見せなかったそういう部分が見えてくることもあると思う。

 それも含めて愛することが出来るかどうかは、正直わからない。

 でも。


「その時はその時よ。お互い様なんだから話し合えばなんとかなる。それにきっと、嫌なところも好きになる」

 私はそう思う。小春にも好きになってもらえるよう努力もする。


「ずっと好きでいてくれる?」

 不安そうな小春の顔は珍しい。


 でもそんな心配は無用よ。


「小春、これだけは誓えるわ。貴女をずっと愛してる」






 なんだか押し切ってしまった形だけど、一緒に暮らすことを了承してくれた小春。

 仕事もまだ忙しいので、正式な引っ越しではなく、身の回りの物だけ運ぶことにした。

「お試し期間?」

「まぁそうだね」

 何事も準備期間は必要よね。


 年末年始の休みを利用して荷物を運んだり、必要なものを買い揃えたり。

「ねぇ、このお茶碗かわいいよ」

「どれどれ、あ、夫婦茶碗ねぇ」

 いい! めおとっていう響きが最高じゃない!


「雛子さん、パジャマもお揃いがいいなぁ」

「あ、そうね」

「探しに行きましょう」

 私があげたクリスマスプレゼントも喜んでくれていたし、小春はお揃いが好きみたいだ。

 もちろん、私もお揃い大好き。


 そろそろ指輪も考えないとなぁ……


「あ、主任? あけましておめでとうございます。偶然ですねぇ、こんなところで会うなんて」

 ぼんやりしていたら、離れた場所から小春の声がした。

 え、主任?


 そちらに近付いて行ったら、本当だ佐野主任も買い物に来ていた。

 まぁ初売りだからね、他にもお客さんはいっぱいいる。

「あ、課長! おめでとうございます」

「おめでとう、今年もよろしくね」

 日本人らしい挨拶を一通り済ませ、ふと見ると、主任の手には……登山靴?

「佐野主任、見かけによらずアウトドア派なのね」

「雛子さん、見かけによらずは失礼ですよ?」

「あ、ごめんなさい」

 小春に怒られ、反省する。

「いえ、実は学生時代にかじっていて、また始めてみようかなって。でも、迷ってる感じですけどね」

「いいじゃない、やりたいと思った事はやってみるべきよ。あ、でも、怪我だけは気を付けてね」

「はい、それでは。失礼します」



「どうしたの?」

 小春が私をじっと見ている。

「雛子さんって、そういう人なんだなぁって思って」

 え、なにか変なことしちゃった?

「そういうって?」

「やりたい事はすぐに実行に移す感じ?」

 あぁ、今回の同棲話のことかな。やっぱり早すぎたのだろうか。

「あぁ、そうかも」

「実行力って、大事なんだなぁって勉強になりました」

 敬礼なんかしちゃって、あれ? 褒められたのか。

「そうよ、だからお揃いのパジャマ買って、早速実行に移しましょうか」

「え、実行って?」

「そんなの決まってるでしょ」

 耳元で囁いたら、真っ赤になった小春の顔ったら。


 新年の一ページ目にふさわしいわね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る