第29話
その楠木は、吊るされていた。
なんかのタイトルみたいだが、そうとしか見えなかった。
『誰か助けてくれぇ…』
『…え?』
いや、え?
◆
クレープを大量に買い、モール内ではご迷惑だろうからと裏手にある川に向かった。
いくらデブとはいえ、大量にクレープを持ってもぐもぐ食べていたら流石に恥ずかしいのは言うまでもない。
それに女児だろうと女の子。
買い物は相対性理論なのだ。
だから時間潰しも兼ねていた。
向かった先、街灯など整備された川沿いの一番隅っこには大きな楠があって、それを取り囲むように背の低い草花が丸く配置されている場所があった。
それが目隠しになるため、俺の隠れ家的買い食いスポットに指定していたのだ。
気分は野立てである。
だが、そこにラレオである楠木大地が真ん中の楠に半裸でロープに吊るされていた。
いかにラレオとはいえ全然笑えない。
『く、楠木! 大丈夫かッ!?』
『お前…もしかして…花岡か…? へへ、なんだその変な帽子…笑える…』
『ブッコロすぞ』
『いだぁ!? 鬼かよお前…はは』
ついもみじをお見舞いしてしまった。当たり前だろう。義妹と親父殿との絆なんだぞ。
しかしどうやったらこうなるんだ。
漫画じゃあるまいし。
いや漫画か。
『いったい何があったんだ?』
『ああ、隣の…いや、違う。何でもない…』
いや、何でもないは無理があるだろう…。
プラプラ北風に揺れてゆっくり回ってんじゃねーか。
いや、それ俺のせいか。
顔を背けているのが何よりの証拠じゃねーか。
いや、こいつ笑ってないか?
ああ、俺に助けられるのは屈辱なのか。
しかしまあ、酷い有様だ。
確かにいわゆるヤンキーなグループは隣の小学校にはいるらしいが、ここまで過剰にするだろうか。
まるで昔の暴力系漫画じゃないか。
いやするのか…。
俺が読んでいた邪神の物話は年代はバラバラだったが、時代は違えど全て同一の街の出来事だったのだ。
つまり各ネトラレラが同世代にパックされている以上、この街は邪神の箱庭のようなもので、もしかすると隣の小学校などは、こちらと同じように間男詰め込みオムニバスなのかも知れないとは思っていた。
だが、その考えはあまり考えないようにしていた。
ラレオらが純粋であればあるほど、間男の物語は酷いのだが、間男達が徒党を組むとなると、恐怖しかなかったからだ。
世が末である。
想像するだけで、腐敗と自由と暴力の真っ只中なんじゃないかと恐ろしくなるのだ。
ただ逆に考えると蠱毒のように淘汰されていればいいなと思っていた。
ざまおとかざまおとかざまおとか。
しかし、その場合誰が蠱毒の王になるんだという懸念もあった。
最低な間男達しか思い浮かばない。
クソったれッ!
『お前…もぐもぐタイムやめろよ…少しは助けようとしろよ…』
『すまん。業ストが叫ぶんだ。それに置くとこないんだよ。見たらわかるだろ? 冷めちゃう。あと少し待ってて。あ、クレープ食う? 出来たて』
『これ見てよく言うな……でも食う』
『ん。あーん』
『やめろ。アーンじゃなくて自由に食いたいんだよ』
『トロッコ問題だな』
『意味わかんねーよ…』
ついつい日常に慣れ過ぎてここが漫画世界だということを忘れてしまうが、傷はおそらく演出過多なだけで、そこまでではないんだろう。
ただ打撃痕ではなくムチっぽいのだが、気のせいだろうか。
とりあえず残り一個まで食べ終えてから楠木の口にクレープをぶち込んで解いてやった。
◆
『…相変わらず訳の分からないこと言ってんな…それにその帽子もなんなんだよ…ピッチリ過ぎだろ…』
『父と義妹のマリアージュだ』
『やっぱこいつわけわかんねーよ…』
まあ、それは確かに。
『とりあえず警察行くぞ。一緒に行ってやる』
『えっ?!』
『何を驚いてるんだ。立派な傷害事件だろ』
まあ、事件は嘘である。
でもあいつの親には話が行くだろうし、牽制にはなるんじゃないだろうか。ブタ箱にぶち込める歳まではこっちに来て欲しくないしな…。
すると楠木がガタガタと震えながら青ざめた顔をした。
『じ、事件!? だ、だ、大丈夫だ! お前のクレープが効いたぜ!』
『……』
いやいや、クレープが効くって何にだよ。デブの素にしかなんねーよ。バカかオメー。間接的に俺をバカにしてんのかオメー。それに過剰な期待寄せんじゃねーよ。クレープ可哀想だろ。美味いけどそこまでの力クレープにねーよ。
『そ、それに母ちゃんに迷惑かかるからな!』
『それは…そうだな…』
こいつも片親だったな。
◆
それから楠木と憩いのベンチに座って肉まんとあったかいお茶をご馳走したのだが、隣の小学校の奴と知らない中学生の合わさった何人かに吊るされたと簡単にゲロった。
肉まん好きは想定通りである。
容姿や特徴を聞けば、だいたいが茶髪モブだと推測出来るが、一人だけ真っ赤な赤髪を逆立てている奴がいたという。
『御会…か…』
おそらくそれは暴力ハレム系間男である御会だろう。
基本的に俺は暴力をチラつかせたり、子飼いの女を使って誤解させたりして主人公とヒロインを離れさせようとする間男は嫌いなのだ。
それをするのが御会。
あくまでヒロインを愛し自身の力で攻略しネトラレラに変えるような間男なら仕方ないなとまだ思えるが、御会は女の子を数ある中の一人くらいにしか思っていない。
飽きたらポイして悪友に回すのだ。
最後にはネトラレラである光里は…そして次の巻では光里ママにも魔の手が…。
くそッ! 嫌なことを思い出したじゃないか…!
しかし、このモールの方が接点だったのかも知れないな…。
原作の御会は光里のことを幼い頃どこかで見かけるのだ。
基本昔からチャラくてズル賢い御会なのだが、過去描写では光里の幼馴染である藤川レオンの容姿を見て声をかけるのを諦めるのだ。
それくらい見た目格好いいが大人しい藤川は、それが祟って中学の時に光里への嫉妬でいじめに遭い、性格がより内向的になり、高校では彼女になった光里に励まされてばかりだった。
より美しく成長した光里に高校で再開した御会は、「あの時の女…俺の方が先に…」と呟いて、藤川と光里の関係を看破し寝取りに動き出す。
藤川レオンを脅したり、女を仕掛けたりと光里の心を揺さぶるのだ。
あとは思い出したくないのである。
ただ、薄らと覚えていた過去描写の背景はうろ覚えだがキラキラとしていて、俺はあの美容室だと思っていた。
ただそれが起こるのは何年生かわからなくて、藤川も小夜に夢中だったのもあって、万が一くらいの気持ちで美容室に通っていたのだが、もしかしたら間違っていたのかも知れない。
どうもあのキラキラは、このモールのクリスマスな気がしてくる。
でも今日は光里は家にいると言っていたし、明日は藤川とお家デートだと聞いているから一安心だ。
原作と違った母上殿を見て、おそらくないなと安心していたのに…マジかよ。
『…なあ、花岡はそいつ知ってんのか?』
『…ああ。頭のおかしいやつだ』
楠木は、その俺の深刻な一言に先程の暴力を思い出したのかゴクリと喉を鳴らした。
そして震える声でこう言った。
『…お前よりもか…?』
『張っ倒すぞオメー』
なんて失礼な奴なんだ。
食べたクレープ耳揃えて返せやコラ。
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