第50話

『お兄、おはよ』


『あ、ああ、おはよう』



 部屋を出ると我が義妹、有栖がいた。どうやらちょうど部屋を出たらしい。


 あのクリスマスから一転、彼女もまた態度が軟化していた。


 今では挨拶も普通にしてくる。普通ってそんなにハードル高かったっけと若干悩むが、おそらく去年のクリプレが効いたのだろう。それは喜ぶべきところなのだが…。



『…何よ?』


『いやその格好はダメだろ?』



 有栖は季節先取り過ぎるタンクトップを着ていた。


 俺のお下がり、だるだるの白いやつだ。


 黄ばんではいないが、何故か有栖の白肌がところどころ赤らんでいる。


 春風邪だろうか。


 それも気になるが、細い身体にそんなものを着ているから短いワンピースみたいになっていて、胸元ががばりと開いている。金髪も相まってまるでエロ漫画に出てくるスレたメスガキのようだ。


 ブラック企業で死にそうになりながら働くおっさんとか童貞兄ちゃんとか淫語で煽っていそうである。



『は? 家族なんだしいいでしょ』


『駄目だ。ちゃんと着替えてきなさい』



 世間体くらいはわかっているようでまずは一安心だが、春の陽気に過度に期待が過ぎる。まだまだ夜は寒いのだ。


 しかもビーチクがパーチクしそうでハラハラする。


 何言ってるか自分でもわからないが、母上殿が泣くぞ。


 というか俺も泣きそうだ。


 有栖はクリスマス以降、まるで倫理が壊れてしまったかのように、徐々におかしくなっていった。


 少しずつ会話が増え、嬉しく思っていたら足をパタパタさせてパンチラをお見舞いしてきたり、部屋に侵入していてウェルカムトゥザジャングルもといパンチラしたり、俺のカラスの行水に割り込んできたりもあった。


 ここは邪神のエロ漫画世界だ。流石におかしいから問いただすも「たまたまだから」「勘違いしないで」「意識し過ぎ」とか言ってきた。


 一度真剣に男とは五足歩行の獣なんだぞとマジ説教したのだが、「子供じゃないし」なんて言ってきた。


 こいつ、この世界を舐め過ぎである。


 タンクトップ自体は、くれというからくれてやったが、まさか着るためとは思わなかった。


 切り裂いてウエスにでもして何かしら磨くのだと思っていたのに。


 夜な夜な何か磨いてるのは知ってるんだぞ。


 まあ、美々のタレコミなのだが。


 それにしてもダルダルなものは見窄らしい反面繊維がグズグズになっていて、柔軟剤によっては身につけてないかのようになるものもあるから着心地は否定しないが、お前は女の子だろう。


 それにそんなにたまたまに遭遇すると、俺の初GINGA祭を邪魔されそうでソワソワするじゃないか。


 そろそろ鍵をつけてもらうか…。



『はいはーい。いつものでしょ。わかったって。それより…ふーん』


『な、なんだ? そのニヤニヤは良くないニヤニヤだぞ』



 しゃがんで股間をジロジロ見るんじゃない! ほんとにメスガキにしか見えないからやめてくれ…! クソッ! なぜあの日何があったのか教えてくれないんだ…!


 あのクズ男、今度また会ったらただじゃすまんぞ…!


 いや、今はパジャマ問題が先だ。



『ニヤニヤなんかしてないしー…ふぁ、あああぁぁ…あー…まだ眠い…もぉ小夜姉め…』


『さーちゃん? さーちゃんがどうした?』


『…なんも言ってない。 …なんで気づかないのよ…私がどれだけ…』


『え、なんて?』


『ッ! いいから早く行きなよッ! おつとめ! 鈍感くそ野郎! ふんっ!』



 そう言って有栖は自室に戻っていった。


 何を怒ってるんだ、あいつは。


 しかも転生者たるこの俺が鈍感くそ野郎だと…?


 片腹痛いし、ご冗談を。


 くそ野郎なのは別に否定はしないが、鈍感だけは見当違いである。


 俺は超敏感なのだ。


 敏感過ぎて転生したくらいである。


 初代慎一郎氏ならともかく、ニュー慎一郎は伊達じゃないのだ。


 今までも、例えばあるネトラレラの才能を早めに開花させることにより未来の間男を防いだり、借金で苦しんでいるネトラレラの両親を支援して未来の間男を防いだりと奮闘してきたのだ。


 まあ、伊達が何なのかは未だにわかってはいないが。


 それにしても、おつとめなんて言うから言いそびれてしまったじゃないか。


 人の忠告を無視するならば、俺にも考えがある。


 有栖には今度、パジャマ屋パーティをお見舞いしてやろう。色とりどりのパジャマを買い与えてやろうじゃないか。





 季節は花咲き誇る華の四月。


 桜が吹雪く中、登校するとクラスにはやはり春の雰囲気がそこかしこに漂っていた。


 ラレオ達の顔が緩んでいて仕方ないのだ。


 お姉さんぶるネトラレラ達に若干パシリ気味にされてる気もするが、それにしたって弛み過ぎな気がする。


 こっちは小夜の朝ごはんのせいで青い顔をしてるというのに、ズルいじゃないか。


 山芋もオクラも嫌いじゃないが、子供の舌には辛いのだ。いくらサラダとはいえ沢山は入らない。唯一アサリの味噌汁くらいがまともなのだが、なぜ簡単なニラレバ炒めがあんなに不味く出来るのか。


 今日は小夜パパと小夜ママにも振る舞っていて、二人は普通に食べてたし、俺がおかしいのだろうか。


 席に座って考えるが、俺の周りにはネトラレラっ子一人いない。


 小夜は早朝の訓練してから、なんて言って集団登校拒否するし、料理部の面々は今年から大半が移籍すると言う話で、寂しい限りである。


 教室を見渡した後、みんなが朝の憩いの時間を番と過ごしてる中、俺は「なあ」と前の席の田上に話しかけた。



『…なんだよ』


『この雰囲気、いったいなんなの?』


『雰囲気…ってお前…ふっ、さあな』



 そう言って田上は窓の外に目を向けた。


 なんだか一皮剥けた哀愁漂う姿である。春休みを明けてから、やはりラレオ達はどこか大人びたように見えるのだ。



『田上…お前どした? そんな喋り方してなかったよな?』


『…良いだろ別に。それに男にはいろいろあるんだよ…』



 それ女の子に言うセリフじゃないか?


 しかし…いろいろある、あるのか。これはやはり小夜の原作クラッシュのおかげで性に内弁慶なネトラレラ達が自ら動いたのではないだろうか。


 原作は他者というノイズが排除されたそれぞれ独立した世界だ。ラレオとネトラレラと間男しか関係性は動かないし、間男しか攻撃に出ない。


 だがこの世界は違う。


 隣に宝石がいるのだ。


 それは焦るだろう。


 つまりこれは逆NTRという線じゃないだろうか。いや、逆BSSと言うべきか。もはや何がなんだかわからないが、俺は一人バスに乗り遅れたのではないだろうか。


 田上をよく見ると、ソワソワしながら遠くに座る田上の原作相方、倉乃段さんをチラチラと見ている。彼女も同様である。


 なんなら竹刀をさすさす摩ってる。


 そうだ。


 倉乃段さんなら確実にエロラレラとなっているだろうし、朝起こしに行った拍子に意訳的に田上を早素振りしてしまったのではないだろうか。そうして「突きアリィィッ!」となったのではないだろうか。


 そんなの俄然気になるんだが?


 ラレオにとって事故と故意には超えられない壁があるんだが?


 何言ってるかわからないくらい俺はどうやら興奮しているらしい。それはそうだろう。だってそうなったらいいなと今までGINGAさんをばら撒いてきたのだ。


 尤も、随分前から供給はしていないのだが…でもこれはついに着火したのではないだろうか。


 だから俺は万札を取り出した。



『田上の旦那、これでどうにか』


『ばっ?! …お前なぁ…何でも金払えば良いってもんじゃないからな』



 いや、誤解しないで欲しい。


 俺は心の安心を買いたいのだ。


 だから俺はあと二枚万札を取り出した。



『バッカ! 学校にそんな大金持ってくるなよ! リサ先生に言っ…てもダメか…はぁ。ピカ小か、お前は』


『…それは…嫌だな。ごめん。反省する』


『…反省するのはその体だ。いいから早く痩せろよ。じゃないと…い、いや、そうじゃなくて、お前さぁ、いろいろ物知りなんだからなんか方法知ってるだろ? 秘孔とかどうだ?』


『どうだじゃないよ。誰がヒデブか』


『それだ。非デブって言うだろ?』


『確かに体重半分以下になってるけどそれダイエットじゃないからな?』



 むしろ身体肉片だからな?


 俺はもう死んでるからな?



『じゃあ油風呂とかどうよ』


『だからどうよじゃないよ。漫画から離れろよ』



 なんで漫画世界の住人に漫画キャラの漫画シーンでいじられねばならぬのだ。というか漫画がゲシュタルト崩壊して何がなんだかわからなくなるだろ。


 それに油風呂なんて51度とかだぞ。せっかくのマスラオの若き血潮が死んじゃうだろ。SEKITOBA乗れないだろ。いじめかオメー。



『漫画みたいな体型のお前にピッタリだろ。この間も言ったけどさぁ、とりあえず夏までだ。夏までに痩せろよ。頼んだぞ』



 田上はそう言って前を向いた。


 やはり何かしらあったのだろうが、知りたければ痩せろか。


 まあ、逆NTRは気になるが、二人が上手くいっているならそれはそれでいいのだ。


 しかし、呆気ない転生特典だったな…。

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