第49話


『痩っせーろっ、痩っせーろっ、痩っせーろっ』



 クラスではそんな風に男子達による農民さながらの一揆が始まっていた。


 抑圧や弾圧などはしてないのだが、構図的には痩せ気味なラレオ達にエンゲルな俺だから間違えてないように思えるのが悲しいところである。


 まあ、俺の身体を気遣ってくれる優しい奴らなのだ。と思うことにしよう。


 ただ去年あんなに庇ってくれた女子達は沈黙を選び、誰も庇ってはくれなかった。


 まあ、番を見つけたネトラレラなどそんなものである。


 見返りを求めて今まで干渉してきたわけではないし、限界痴態に対する罪滅ぼしだからいいのはいいのだが一抹の寂しさはある。


 まあ、かと言って痩せる気は毛頭ないのだがなッ!



『ん…? さーちゃんもなんか出てるよ』


『えっ、あ…ふふ。恥ずかしいから見ないでね』



 室内は分厚い遮光カーテンで暗く、そこまではっきりと見えてはないのだが、なんか悔しいからと口元の光の反射だけでの適当発言であったがどうやら計らずとも正解だったようだ。


 まあ、いつものリップだろう。


 それにしても、小夜の最近の変化は目覚ましいものがある。


 容姿もそうだが、今の発言は昔ならぽっこりお腹へのジャンピングエルボー一択だったのに、着実に優しく恥じらいのある清楚なキャラへと生まれ変わろうとしていた。


 理由は…言わずもがなである。



『…さーちゃんって変なところで抜けてるね』


『しんちゃん、完璧なんて可愛くないって言ってたじゃない』


『そんなこと言ったかな…あふ、ふわぁぁあああ──』

 

『それ他の女からだけどね? また大きな赤字だね』


『──ああぁぁぁああッ、やっぱ眠いッ! って今なんか言った?』


『…大きなあくびだねって。ほらしんちゃん起きて起きて』

 

『あ! お布団引っ張っらないで! あっしちょっとまだ暖気運転中なんで』


『も〜また変な言葉遣いし……だんきうんてん…ちゅう…?』



 まあ、意味的には逆なのだが今は立てないのだ。


 つまり普通に朝勃ちなのだが、流石に言えないし、言ったら言ったで純粋な小夜のことだ。


 夕立か倒立か何かの一種だと思われてしまう恐れがある。


 そして未だ健在な無邪気さによってどこぞの塾長の男みたいにナニで倒立させられそうで怖いし、ジョンな雨が降りそうなのも怖い。


 まあそれは冗談なのだが、家族に気づかれても気まずいのに、女児など持っての他である。


 ゆるゆるのスウェットだからバレはしないだろうが、心とロリの問題なのだ。



『ッ……しんちゃん、ほ、ほら早く出ておいで』


『おっと! お客さんお布団めくるのはちょっと今やってないんで』


『…今みくるって言った?』


『無理矢理が過ぎない?』


『しんちゃんがみくるばっかり応援してるからじゃないかな?』


『してないけど?』



 小夜は同じ陸上部のみくるとライバルだからこんな風にすぐ過剰に反応するのだが、そのうちミラクルでも聞き違いしそうでなんだか試したくなる。


 そういえば、ラレオ達は高校まで続くこの毎朝の生理現象イベントをどうこなしているのか。


 例えばネトラレラ池野座みくるは相方であるラレオ氷川敬之の朝のそれを目の当たりにし、恥じらいから股間に元気一撃かますのだ。


 その為氷川はみくるはエロが嫌いなのだと思い込み、一切の色恋エロ話を封じるのだ。だが元々気の多い氷川に手を出してこないヤキモキしていたみくるは他校の…。


 違う違う。


 朝からナニしようとしてるんだ。


 まあ、まだ男の子の日は訪れてはいないのだが妄想も直立も収まらないじゃないか。


 そうじゃなくて、その危機一撃な件は慎一郎氏の原作にはない。だが小夜相手に股間ノーガード戦法がとれないのはこれまでの植え付けられた歴史で明らかである。


 おそらく原作みくるより消費増税くらい痛恨の一撃をもらってしまうだろうことは容易に想像がつく。


 これは俺のナニ成長率にも関わってくる死活問題ゆえ、普通に嫌なのだ。


 氷川にも一応注意は促したのだが、果たしてどうなることか。


 しかし、こんな朝の目覚まし定番テンプレなど、現実に降りかかるとやはり迷惑しかない。


 最近のラレオ達もだるそうで死にそうだしな。表情は春の陽気みたいにポワポワしてるのだが、最高学年の自覚を持って欲しいものである。


 まあ、祭りの熱がある程度鎮静化すれば小夜も飽きるだろう。


 それまでは付き合うとしよう。


 嬉しくないわけではないのだ。


 それに…こんな日々もいずれ懐かしく感じるのだろう。



『…よくわからないけど今日はこっちで朝ご飯だから早く来てね』


『…そうだった』


『なぁに、その顔は』


『う、嬉しい顔だよ』


『…』



 嘘だ。全然嬉しくなかった。


 また、ゲロマズ朝ご飯か…。



『…ふふ。じゃあ楽しみにしててね』



 そう言って小夜はパタリと出ていった。


 原作通り小夜は料理に凝り出した。週に何度か俺を綾小路家に招くのだが、漫画ではあんなに美味しそうだったのに、これがびっくりするくらい不味いのだ。


 顔色ひとつ変えず美味しいなんて言っていた慎一郎氏の精神たるや見事なものだった。


 だが俺には無理である。


 そんな根性は待ち合わせていない。


 しかし断ろうにも父上殿と母上殿をすでに口説き落としていて根回し済みであったし、綾小路夫妻もニコニコとしていて断りにくかったのだ。


 エンゲルもあるが、自分でできる姿を見せれば原作破壊の一手となると思って料理部に所属していたのだが、それ以前にあいつの味覚はどうなっているんだろうかと心配になる。


 ストレス性の味覚障害じゃなければいいが。


 それにしても、寝起きドッキリイベントもそうだが、誰だ、ヒロイン飯が不味いだなんて概念を漫画世界に持ち込み…は仕方ないが、拡めたやつは。


 悪夢も含めて今日は朝から憂鬱であった。

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