第31話

 キョロキョロと左右を見回しつつ、早歩きしながら小夜を探していた。


 1階には子供が好きそうなお店はない。ならば2階はどうだろうかと、エスカレーターを探していた。


 そんな時に、横から声をかけられた。



「よォ、お前ゴキゲンな頭してんじゃん」



 声の方向には明らかモブっぽい男児が三人いて、その内の一人がそんな事を言った。


 こちらを馬鹿にしたような態度なのだが、みんなクリスマスを意識した雪の結晶とかツリーとかベルとかの柄の入った可愛らしい子供服を着ていた。


 おそらくウエムラや東松屋ではないだろう。


 フェミリアとかキミハウスとかだろうか。


 とりあえず金の音がチャリンチャリンと鳴る服だ。


 つまりただのママ服である。


 ふっ。ならば俺の選択的ジャージに宿る信念には敵わない。


 それにしてもご機嫌な頭だと?


 こいつらの目は節穴だろうか。


 今は恐竜帽子によってせっかくの光里ママのセットが台無しなので間違えている。



『ご機嫌は悪いよ』


『ああ"?』


『いや…ああ"、じゃなくて会話して。何?』



 この子達は、んてら的画風から考えるとおそらくモブなのは間違いないのだが、それゆえ眉を顰めながらイキがっても華がない。


 何よりせっかくのお高いお洋服も台無しだ。


 しかし、ラレオらはやはり主人公なのだとよくわかるな。何というか、パッとしない感に開きがある。だが、この描き分けこそが、漫画家の力量なのだ。


 あまりに記号過ぎてもいけないのだ。


 いかに邪神とはいえ、そこは尊敬する。


 でもこの漫画世界はこれから訪れるであろう評価主義社会を先取りしているかのように感じる。


 ルッキズムとは残酷な世界なのだ。


 何を言ったかではなく、誰が言ったかが大勢を決める世界になるのだ。


 嘆かわしいものである。


 そんな世の無常を嘆き、いと哀れにモブ達を慈しんで、優しい眼差しで彼らを眺めていたのだが、何だか喧嘩ごしであった。


 だが、「デブ」だとか「だせぇジャージ」だとか「貧民」だとかピーチクパーチク言われてもすでに通った道ゆえ効かないのだ。


 しかし…これもしかして絡まれてる?


 いやいや、周りをよく見てみてみようよ。


 めちゃくちゃカラフルに色付いてるじゃないか。


 何故にピンポイントで俺を選ぶのか。


 ピンポイントで選ばれる気持ちになったことはないのだろうか。


 転生はともかく、体育で一人あぶれて代わりを探す苦労を何だと思っているのだ。


 当然相手は女子。代わる代わる相手をしてくれるが、みんな華奢だから普通にストレッチで潰れるんだぞ。


 その度にラレオから恨まれるんだぞ。


 俺がそんなことを思っていたら、いつの間にか周囲の注目を集めていた。



『ちっ、とりあえずついてこいよ』


『なんで?』


『お前ボロ小だろ? 聞きたいことあるんだよ』



 ボロ小か…。確かにボロい。そのレベルは同じ公立である隣の小学校と比べると、何らかの癒着を感じるくらい設備が違い過ぎるのだ。


 ちなみに世のエロ漫画愛読家諸兄にはお馴染みかも知れないが、うちの小学校の名前は⚪︎×小学校である。


 巫山戯ている名前だが、正式名称なのだ。


 ネトラレラとラレオを表しているみたいで嫌なのだが、事実である。


 そしてそんな俺達をボロ小と呼ぶこいつらは凹凸小学校。金持ちの多い公立──自体おかしいとは思うが、通称はピカ小である。


 俺的には──いや、何も言うまい。


 世論に任そう。


 それよりもだ。



『俺も聞きたい。御会って知らない?』


『はっ。いいぜ。着いてきたら教えてやる』



 金持ちモブの不適なニヤニヤ笑いって腹立つな…。


 けどこの感じはまだモール内に居てるのか…ならアレを試そうか。



『やっぱいいよ。じゃ。メリクリ』



 そう言って颯爽とその場を離れようとしたら後ろから太ももをパシンと蹴られた。



『……』


『いいから来いって言ってるだろ、デブ』



 いやいや、何なのこの子ら。


 普通に怖いのである。


 俺のアンクルの逃げ足を期待しても仕方ないから話していただけで普通に怖い。このまま大人になったらと思うと何より怖い。



『はぁ…』



 俺は一つ溜息をつき、ポケットから取り出した防犯ベルの紐を迷わず引き抜いた。


 当然、辺り一面にけたたましい音が鳴り響いたのであった。



『くっくっくっく…』


『お、おい! デブお前!』



 さぁ──浴びるがいいッ!


 群衆のザワザワした注目をなッ!!


 君達に耐えられるかな…?


 ちなみに俺には耐えられないッ…!


 早くどっか行ってぇ。



『こ、こいつマジか!?』



 モブらは狼狽えているが、マジである。


 今まさに効用が高まり、ブザーの使い時である。こんな時以外いつ使うというのだ。


 何か起きてからでは遅いのだ。


 先に備えるからこそ救えるのであって、それが今である。


 金で命は買えない。つまり金は先に使うものなのだ。


 そうして彼らは焦ったようにして去っていった。


 何か叫んでいたのだが、音が煩くて聞こえないのである。


 ふっ、他愛も無い。


 とりあえずスマートに音を止め、群衆に対して一礼をかました。


 騒ついていた周囲の人達はまた歩み始めた。それもどうかと思うのだが、予想が当たってホッとする。


 ふぅ。冷や汗いっぱいだぜ。



『さてと…』



 思いついたプランとは違うのだが、彼らの後をつけてみようじゃないか。





 走っているのを注意されたのか、恥ずかしくなったのかはわからないが、のんびりダラダラ歩く遠くの彼らをつけていくと、屋上にある駐車場に着いた。


 そして少し奥まったところに菊川が捕まっていて、モブ達に蹴られたりしていた。


 小夜もいたが、突っ立ったまま震えていた。


 そりゃそうだ。


 怖いだろう。


 前時代っぽい不良は。


 しかし、もう見つかっていたのか。


 というかどういう状況なんだ…?


 御会は…見当たらない。


 あいつらも…いない。


 小夜に──怪我はない。よし。


 おそらく小学生同士の縄張り争いだと思うが、小夜は巻き込まれたんだろう……いや、明らかにピカ小らしきやつらは彼女をチラチラ見ていた。


 絶対逆効果だろう…。


 どんなアピールなんだ。


 今のピカ小はやはり修羅の国であった。


 ならすぐ助けたいが、どうしようか。防犯ブザーは小夜の前では無しなのだ。原作にはなかったのだが、昔の攫われたトラウマのせいか、大きな音はダメらしいのだ。


 昔それでちょっとした口論になって、それ以来彼女は部屋に来なくなったのだ。


 監視カメラは死角の位置。警備員さんは一階にいる。スマホはない。そして俺の足は遅い。



『……ギリリ』



 はあ。とりあえず殴られに行こうか。


 そう思い、一歩足を出す瞬間、後ろから服を掴まれた。



『おっと、それ以上は近づくなよ』



 声の感じから男児っぽいが、くそっ、まだ居たのか…。


 だが、そいつは以外なことを言ってきた。



『…もしかして助けたいのか?』


『うん』


『なら僕に任せてじっとしてろ』



 そう言った男児は、明るい髪色にヤンチャそうな顔をしていた。


 そして俺の時は止まった。


 彼の名は二階。二階竜也。


 原作慎一郎氏と親友になる男だった。

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