第44話 予言の書1 @萌美

 あれは四年生の中頃だった。


 保健体育の時間で、女子だけが集められた時だった。


 男子は外で駆けっこしてるのに、何で女子だけなんだーって元気印のみくるちゃんは怒ってた。


 先生は何かを取りに行くから自習しててと出て行って、それからすぐ小夜ちゃんと天華ちゃんが教壇に立ったんだ。


 凄く真剣な顔のクラス委員二人に、みんな一斉に黙った。


 そして天華ちゃんがこほんと咳をしてから言ったんだ。



『皆さん、これからする話を真剣に聞いてください。笑えない話です』



 天華ちゃんの声には人を従わせる覇気がある。その真剣な声と顔にみんなゴクリと息を飲んだんだ。


 そして小夜ちゃんも真剣な顔をしながら言った。



『アナターハ、ウンメーイヲ、シンジマスカー?』



 いきなりの小夜ちゃんのエセ外国人のモノマネに、みんな笑ってしまった。「何だよ小夜ー!」「そんナ人いなイ」「笑わさないでよ」なんてみんな笑っていたけど、天華ちゃんは怒った。



『もぉ! 小夜さんっ!』


『あはは。ごめんごめん。みんなこれ知ってるー?』



 掲げた手には真っ黒いノートがあった。まるで古い映画の邪神ノートだ。



「書いたらデキちゃうやつ?」「あれはR18でしょ」「監督捕まったんじゃなかった?」とかみんな言っていた。


 わたしは手を上げて聞いた。



『小夜ちゃん、それなぁに?』


『これは予言の書よ。はい、いつも通りしんちゃんの部屋にありました』



 小夜ちゃんのそんな馬鹿馬鹿しい言葉に、わたし達は騒つくわけでもなく、みんなシーンとした。


 小夜ちゃんは昔から花ちゃんの部屋に忍び込んでいた。


 そしていつも何かを盗んではみんなに自慢していた。


 中にはいろいろ為になる本もあって、回してくれたりしていて、難しくても読めるように教えてくれて、成績が上がって、みんな怒るに怒れなかった。


 最近は監視カメラがあるって花ちゃんは言ってたけど、小夜ちゃんはふふんと笑っていた。


 流石はキャッツアイの小夜ちゃんだ。


 花ちゃんのものは小夜ちゃんのものだ。


 告げ口ももちろん考えたけど、「グルだと知ったしんちゃんは何て思うかしら」なんて言われたから、みんな暗黙の沈黙を選んでいた。


 それより、予言と聞いて心当たりがみんなあったんだ。


 まるで昔から知ってくれてるような、未来から来たかのように助けてくれる、男の子のことを知ってるから。



『つまり慎が予言者って言いたいワケ?』

『慎一郎さんが書いたのですか?』



 ギャルっぽい光里ちゃんとお嬢様な大奈ちゃんがみんなの疑問を代表して同時にそう投げ掛けた。



『ううん。今からコピー配るけど、しんちゃんの字じゃないよ。だいぶ大人だし。漢字とかわかんない単語とかめちゃくちゃ多いし』


『そうなの?』



 すると秘密警察のスパイの長官みたいな天華ちゃんもコピーを配りながら言った。



『これは右手で書かれてますし…筆跡を鑑定すればわかるとは思いますが、おそらく違うかと』



 確かに花ちゃんは左利きだ。


 矯正する気はないっていってた。



『しんちゃん昔から行動お化けじゃない? オークションサイトとかでカード集めてたり、いっつもわたし置いてブックオンとかトレファックスとか骨董品屋さんとか行くからさー』



 そう言って周りを見渡す小夜ちゃん。


 何人かと目が合うんだけど、みんな目を逸らす。わたしもだけど。


 バレてた。


 お出掛けバレてるよ、これ。


 わたしは何となくそんな気がしてたけどね。


 流石はイーグルアイの小夜ちゃんだ。


 お目が高い。



『…だからどこかで買ってきたか拾ってきたかだと思うの。でも内容がさぁ…』



 小夜ちゃんにそう言われてコピー用紙を確認すると、そこにはわたし達にこれから訪れる酷い未来が書かれていた。



『ちょっと! これ何よ! はぁ!?』

『こんなの無茶苦茶じゃん!』

『わ、わたしなんて! わたしなんてぇ

!』



 わたしは黙って読んで震えていたけど、みんなはわーわー騒いでいた。でも天華ちゃんの声でみんなはまた黙った。



『皆さん静かに! …私はこれでようやく彼の行動のおかしさに気づきました。皆さんはどうですか?』



 それはわたしもそうだった。


 何かがおかしいって何となく気づいていた。


 だけど、例え予言であっても彼の優しさは本物だったし、胸に宿ったものは消したくなかった。


 闇夜を照らす、この小さなカンテラみたいな灯火を。


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