第17話

 それから数日たったある日のこと。少し離れた郊外にある電気屋さんに親父殿と出かけていた。


 絶妙に似ているダーヤマ電気さんである。


 転生してからいろいろとネットの海に潜ったりしたのだが、この世界はほぼ元の世界を踏襲していた。


 自分が何者かは未だにわからないが、この世界は、ほぼ丸々元の世界をパクっていることは不思議とわかるのだ。


 違うのは名前とかエロ方面のみのご都合主義な世界なのである。



『珍しいね、慎くんがゲームだなんて』


『話題についていきたい』



 俺のその言葉に、少し歪めた顔をした親父殿は、おそらく小学校での俺の様子をリーサ先生から聞いているのだろう。


 力無く笑ってみたが、どうだろうか。



『そっか…よし、買おう。どんなのが流行ってるんだい?』


『ギャルゲー』


『え?』


『ギャルゲーだよ、父ちゃん』


『なんでそんなものが…』


『僕も女の子の気持ちを知りたいんだ』



 本当である。


 エロ漫画の登場人物の性格とか人となりとかはわかっているとはいえ、相手は女子。


 自分で言うのもなんだが、偏ってるとはいえ、エロ漫画にここまで詳しいのだ。おそらく前世の俺に恋人などいなかったはずだ。


 コミュ力もなく、一人寂しくエレクトリックに死んだであろうことは、簡単に想像がつくのだ。


 もしくは慎一郎氏と同じようにNTRを食らったからこそ神んてらに出会ってしまったのかもしれないが、それはあまり想像したくないのである。


 まあ、つまり体の成長は仕方ないにしても、女心の機微を掴む技が俺には圧倒的に足りないのである。


 だからギャルゲーなのだ。



『う、う〜ん…? ちょっと思ってたのと違うな…ちなみに何かわかってるのかい?」


『馬鹿にしたな、父ちゃん。女落とす方法を練習出来るんだぞ。何回振られても脳破壊されないなんて最高なんだぞ』


『脳破壊ってなんだい…? それに本当に流行ってるのかい?』



 流行っているというか、ズバリそのままのクラスなのである。小夜からすれば乙女ゲーなのかも知れないが。


 それにエロゲというか、ギャルゲのプレイ記憶はないから一度やってみたいというのもあるのだ。一度転生してみるがいい。それくらい小学生は退屈なのである。



『現実とは違うからね?』


『はは、父ちゃん、現実とか、はは、それウケる。ははは』



 ここはエロ漫画世界なのだ。


 片腹痛いのである。



『ウケるじゃないよ…それにそういうのはもう少し大人になってからの方が──』



 そう言われるのは想定の内である。



『大人になってからじゃ遅いって……父ちゃんも知ってるんじゃないか?』


『ッ、…はははは、何のことかな。そ、そうだ、漢字とかまだまだ読めないの多いだろ?』



 それも想定済みである。俺は持っていた紺の恐竜柄のリュックからあるものを取り出した。



『はいこれ。とりあえず漢検5級と4級』


『え?』


『先生にもらった問題集。点数はそれ』


『ええ…聞いてないけど…わっ、すごいじゃないか! でもいつの間に…』


『父ちゃんの帰り…遅かったから…』


『あ……』


『遅かったから……僕…』


『慎一郎…』



 嘘である。


 全然まったくこれっぽっちも気にしてないが、これで親父殿の罪悪感を供物に俺はギャルゲーをゲットするのだ。


 少し胸が痛むがここは我慢なのだ。





 そしてホクホクして家に帰った次の日のことだった。


 リビングのテーブルの上にはアレがあった。


 俺と親父殿の二人の目の前には、銀河の果てまで連れていってくれそうな、赤黒いロケットがあったのだ。


 外観の見た目は流線型のピリっとしたイカす見た目なのに、内部はウネウネとランダムに回るヒダヒダ、まるで冬に美味しいアンコウの口内を連想させる色艶で、さながら宇宙旅行中にエイリアンにでも襲撃された宇宙船かのようなアレだった。


 それは俺がマッサージと共に興味本位で買った男性用オナホである。


 メーカー名は「GINGA」。


 商品名は「SEKITOBA ver3.5」。


 キャッチコピーは一回千里。


 ちなみに俺は三国志など詳しくはないし、それがどういう意味かわからずポチったのだが、内容は凄まじく強そうだったのだ。


 ジャイロセンサーにより、手の傾きだけで回転方向と回転速度を自由自在にコントロールでき、さらにダブルモーターによる超強力振動が、更に回転&振動しながらのストロークを起こすという。


 究極を超えた未知との遭遇をお楽しみくださいとあったのだ。


 しかも内部は取り外して洗え、コスパもいいとあり、「なるほど、これが一回千里か…!」とポチったのだ。


 そして他に三種類のエイリアンにチェンジできるようで、俺のスターターパックにはなかったが、なかなか未来も期待できる仕様であったのだ。


 しかし、その未知に触れる前にバレるとは思ってなかったのである。



『慎くん、これはいったいどういうことだい?』


『…』



 どうもこうも、いったいどうやってバレたのか。



『父ちゃん、ごめんなさい』


『お、おお、やけに素直だね…』


『悪いことは悪いと思う。でも密告も良くないよね?』


『ん? なんだい? パパが誰かに聞いたとでも思ってるのかい?』



 思ってるのである。


 絶対これは小夜の仕業であるはずだ。鈍感系主人公にしか見えない親父殿がピンポイントで俺の机の二重底に気づくはずがないのである。


 あのアマァァ…。小学生なんて食うか寝るしかないし退屈なんだから放っておいてくれよ。


 仕方ない。心苦しいが、また罪悪感を引き合いに出して有耶無耶にしてしまおう。



『でも父ちゃん! これ格好いいだろ!』


『え?』


『父ちゃん……ずっと仕事頑張ってるだろ? プレゼント探しててさ、そしたらいろんなロケットがあってさ! 一番速そうなのつい買っちゃったんだ! だからごめん父ちゃん! はいこれ。てへへ…』


『慎一郎…』



 よし。「慎一郎…」が出れば安心なのである。だいたい仕事を供物に罪悪感を煽ればそれ以上は言わない、心配になるほどに優しい親父殿なのだ。



『それにここにほら、どんなに遅い人も早くイケるって書いてるよね? 早く帰って来ないかなって…僕…』


『早さが治るとも書いてるけど読めてるよね?』



 やべ、無理筋にも要らないことを言ってしまったのである。



『それよりそーろーって何なの? いそうろうなら僕知ってるんだけど』



 それどちらも俺であるが、ここは無理矢理にでも無邪気な子供を演じるのだ。



『…それは外で言ってはだめだよ、慎一郎』


『わかった。それより先生とはどんな感じなの? もうチュッチュした?』


『こ、こら、今はそんな話をしてないよ』



 このウブな反応からまだ致してないのか…。ホッとするような、歯痒いような、よくわからない感情が浮かぶのである。


 一応リーサ先生を放課後や休み時間、後を尾けてるのだが、怪しいところは今のところない。


 ないならないで逆に怖い気もするのだが…。車でも乗り込めれば何かわかると思うがそこまではまだ出来ていないのだ。


 あんなおっとりしているのに、仕事は爆速で終わらせて帰るのだ。怪しいなんてもんじゃない。



『いつ一緒に住めるの?』


『うーん、まだ決めかねているというか…』



 うん? この感じは、向こうが渋ってるのか…? やっぱり何か曰く付きの物件じゃあるまいか?



『いや、慎くん、そうじゃなくて、このオナ…ロケットなんだけどさ』



 やべ、また始まった。



『あ、あーあ〜、僕早く妹とか欲しいなー』


『……』



 その俺の適当な言葉に、親父殿は黙ったのだった。


 あれ?



『それなんだけど…慎一郎、ちょっと聞いてくれるかい?』



 その言い方は、間違いなくオナホ片手に言うようなトーンではないし、おそらく多分よくない話だと思われるのだ。


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