第18話

 目の前の画面には女の子と二つの選択肢があった。


 一緒に帰る、あとで帰る、の二択である。



『そこはあとで帰るでしょ』


『…』



 ある日の日曜日。宿題を終わらせた後、ギャルゲーをプレイしていたのだが、小夜が横からチャチャを入れてくるのであった。



『ほら、次はお前のことなんてどうでもいい、よ』


『そんな選択肢ないよ。というかさっきから何? 何なの? 好感度下がりまくってんだけど』


『あげる必要なんてどこにあるのかしら?』


『クリアできないだろ!』


『こんなのクリアしなくていいの! しかもこのヒロイン、モエミちゃんそっくりじゃない!』



 たしかに似ているのである。というかギャルゲーもタッチは多少違えどAVと同じく、この世界の人間にしか見えないのが困ってしまうのだ。


 だんだんと自分の前世との写実的なギャップによって、狂気の世界に映ってきたのである。



『ヒロインは私のように綺麗な黒髪の子に決まってるの。なんでこの子選ばないの、このすっとこどっこい』


『…』



 パッケージをパンパン叩きながらそう言ってくるが、それ選んだら選んだで怒るだろ、オメー。



『ほら、早く現実に戻ってらっしゃい。しんちゃんのだーい好きな黒髪触らせてあげるから』


『毛先でちょんてすな。チクっとして痛いしうざい』


『うざっ?! ん〜〜〜〜!!』



 痛い痛い痛い!? 毛が固くて痛いよッ!?



『ゲームくらい普通にさせてくれよ!』


『しんちゃんは可愛い幼馴染のいる特権をまるでわかってないようね』


『お、別キャラきた。なんだ金髪かよ…って今なんか言った?』


『…クレヨングリグリするわよ』


『はい一旦止めます。すみませんでした』


『よろしい。で、これは何なのかしら』


『これ? だからギャルゲーだけど…』


『違うわよ、その恋愛ゲームのヒロインみたいなモエミちゃんが落としたこれのことよ』



 そう言ってテーブルの上にコトリと置かれたのは、ショッキングなピンク色で小さな卵みたいな楕円形をしているモノだった。


 何故これがここに…?



『…』


『金曜の放課後なんだけどね。拾ったの。彼女、ずいぶんと焦っていたわ。そしてすぐにしんちゃんを見たの。なぜか。でもしんちゃんは──気づいてなかったようだけど…?』



 近い近い怖い。殺し屋みたいな目をして怖いのである。



『これが何かはわからないけど、学校にはもちろん持ってきてはいけないものよね。でも先生には黙っておいたわ』



 褒めていいわよ、なんて態度が鼻につくな、こいつ。それ借りパクだし絶対モエミ脅迫しただろ。



『教えて…くれるわよね?』


『…怒らない?』


『ふぅん、怒るようなものなのね。わかったわ。怒らない。わたしはしんちゃんが隠し事することだけが嫌なの。ちなみにわたしはしてもいいの』


『なんでさ。不公平でしょ』


『いい女は隠し事の一つや二つは持ってるものなのよ。おわかり?』


『……すげーおわかるです』


『なんでそんな変な顔するのよ……まあいいわ。で、これは何?』


『…さーちゃん、肩凝ってない?』


『話を変えないで』


『変えてないよ。これはマッサージ機だよ。クラスの女の子達、さーちゃんに勝ちたくて必死でさ。こんなのあるよって教えてあげたんだ。さーちゃんに内緒だったのは、さーちゃんが楽しそうじゃなかったから。みんなが足速くなったらさーちゃんも楽しいかなって』



 おお、意外といい感じのことがスラスラと出てくるのである。



『それにほら、俺は足遅いからついていけないし』


『…しんちゃん…わたしのことそこまで見ててくれてたの…?』


『へ? あ、うん。でもここで大事なのは俺にはついていけないって部分で──』


『ふ、ふーん、なら仕方ないわね』


『…聞いてる? というか何もじもじしてるの? トイレ?』


『は? 死ね』



 こいつ酷くね?


 まあ、何かよくわからんが誤魔化せたので良しとしよう。後はポニーテールにでもしてあげてご機嫌とりをやってフィニッシュである。


 鼻歌歌ってまぁ機嫌がよくなった。


 納得いかないのか、鏡を見ながら右に左にと何度も確認しているが、俺の技術ではそんなものである。


 いや、これは腕の、いや暇の磨きがいがあるのか。


 今度ウィッグ買って練習しようじゃないか。



『うん。よし。まあまあね』


『さいですか』


『じゃあとりあえず少し走りに行きましょう』


『話聞いてた?』



 オメーの少しは少しじゃないんだよ。日も暮れるし足もげるだろ。結構なカロリーが消費されちゃうだろ。



『ふふ、大丈夫よ。あとでこのマッサージ機使ってあげるから』


『いや、それはちょっと…』



 この小さな小さなマッサージ機は全部で五つばら撒いたのだが、おそらくモエミか誰かの使用済みなのである。


 普通に嫌である。


 というかそもそもこれはコードレスで遠隔タイプなのだ。コントローラーの無い今、呂布のいない赤兎馬みたいなものである。



『がんばれがんばれってチアしてあげるし』



 チア自体は異世界コスと違い大変魅力的で守備範囲なのだが、所詮はロリだし今の俺には響かないのである。


 

『外乾燥してるし嫌だよ』


『大丈夫よ。ママのアレ使うから。しんちゃん好きよね? だらしない顔してたし』


『…だらしない顔なんてしてない』


『してたわ』



 バレてたのである。


 ママのアレとは綾小路夫妻の定番アイテムのエローションで、メーカーは知らないが、商品名はボボ。何だかマズそうな響きのそれには、おそらく何か入っちゃダメな成分が入ってると思うくらい気分が高揚するのだ。


 一度風呂場に持ち込んだ小夜が保湿と称して全身余すことなく塗りたくったせいで、その夜ギンギンして寝れなかったのである。


 そのせいで翌る日エロケットなんて買うハメになってしまったのだ。


 あのエンゲルは悔やまれる。


 まあ、親父殿が気に入ってくれればいいのだが、リーサ先生は勝てるのだろうか。


 あ、そうだった。


 今指摘して注意しておこうか。


 この家捜し女に。


 いやまだだ。いずれ部屋には監視カメラを導入する予定なのだ。決定的な証拠が撮れるまで思う存分にやればいい。


 それまではしゃーなしで泳がしておいてやる。



『ほら行くわよ。最近しんちゃん太ってきたし、プニプニして──きゃっ!? な、何よ、急に、なんで…そんな真剣な…目…して…』



 つい押し倒してしまったが、何でも何も普通に嬉しいからである。そうか。太ってきたのか。自分ではあまりわからないのだが、順調なようで安心するな。



『こ、こういうのはちゃんとしてからじゃないとダメな──…しんちゃん…? なんで今お菓子食べてるのかしむぐっ!?』



 ごちゃごちゃ言ってないでオメーも祝え。食え。魔法のハッピーアーン奢ってやるぞオラが。オラオラ。

 


『もぉ! 最近暗いから気にしてあげたのに!』


『美味しい?』


『美味しいわよっ、バカッ! いいから一緒に行くの! 駆けっこ負けて悔しくないの!』


『ないお』



 全然まったくこれっぽっちも悔しくないのである。しかしお姉さんの空気も、煽れば簡単に化けの皮が剥がれるな、こいつ。


 それでもネトラレラの宝石か。


 もうちょっとちゃんとやれやオメー。



『むき〜〜〜! しんちゃんのばかー! あほー! わからず屋ー!』


『ごめんって…でも今日は外に出ちゃダメな日なんだよ…』


『…? 何で?』


『新しい母ちゃんと兄妹が出来るかもなんだよね…』


『は?』



 小夜の言うように、暗いのは確かで、リーサ先生に連れ子がいると聞いてずっと動揺してるからなのである。


 神んてらの世界で、ネトラレラの子供とか、あまり想像したくない憂鬱ガチャなのである。


 こうして、小学一年が過ぎる頃には、俺の周りにさまざまなネトラレラ達が揃ったのだった。

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