第3話
主人公の家の隣が綾小路家だったと思い出したのは、二階にある自室から見えた彼女がこちらに向かって指をさしてからだった。
『そうだった……』
彼女はこれから幼馴染になるのだ。しかも隣の家系である。家系の脳破壊能力は知ってのとおりとてつもなく、濃くて塩味が強いのである。濃いめ、一部固めオアほぼ柔め、多めの三拍子なのである。
ネトラレラにはいくつかクラスがあるのも周知の事実だが、とりわけ幼馴染属性は最強クラスに強い。根強い。
もはや怨恨と言ってもいいくらいだ。
んてら先生も含めてだが、いったい創造神に何があったのだろうか。
神に至るまでに幼馴染に何かされたのだろうか。
あるいは神殺しされたからこそ邪悪な神になってしまったのか。
姉、妹、母などのネトラレラもいるし、纏めての箱推し系もあることから、言ってしまえば他人である幼馴染は比較的マシなように感じるかも知れないが、俺的にはんてら先生の描く、幼馴染との純愛からのNTRが最強クラスだと思っている。
主人公とヒロインが密かに温めておいた淡い恋心がじれじれを経て叶ったのも束の間、魔王間男によって囚われ、胎の奥底にあるメスという蕾を開花させられ、悲劇と快楽の波間に揺蕩いながら翻弄される女の子達は、まるでカルネアデスの舟板がごとく、多くの主人公を涙と鼻水とピザの海に沈めてきたのである。
中には主人公への様々な鬱エレクトやトラウマを生み出すこともあり、稀に現実へ飛び火させることすら可能なネトラレラも誕生する。
それが綾小路小夜、さーちゃんである。
いや、馬鹿な話をしている自覚はある。
ちゃんと自覚はあるがこれは俺にとっては洒落にならない話なのである。
何故ならここはエロ漫画の世界なのだ。
下手をすると物理法則すら超える可能性があるのだ。
俺がそれである。
嫌である。
ちなみに俺的にはネトラレラよりネトラレルラの方が語感もカンパネルラみたいに格好いいと思うし、ネトラセルラとの対の感じもなかなかいいと思うのだが。
いや、だがじゃないし、格好いいとかじゃない。これは現実逃避ではなく時に思考には緩急が必要なのだ。
思考停止こそが世界を停滞させるのだ。
俺に指をさしたあと、彼女は慌ててすぐカーテンを閉めたのだが、どうやら嫌われてしまったようだ。
俺も停止していたようだ。
しかし、それはそれで何か寂しいな……。
いや、きっとこれでいいのだ。
そういえばこの開いていた窓は親父殿の仕業だろうか。
外壁同士を確認すると、家と家の距離実に1メートル強といったところだった。
こんなに近かったのか。
違法建築じゃないだろうか。
法律は知らないが、例え違法じゃないにしても、対面すぎる窓なんて建てたやつは馬鹿じゃないだろうか。
確かにこの辺りは同じような戸建てが並んでいるが……いや、神にディテールのいちゃもんはナシだ。
何をされるかわかったものではない。
今まさにこの世界が連載中だとするならば、消しゴムによって竜也/4にされなくもないのだ。
だけど、少しくらいの内心の自由は許して欲しい。
すると彼女が突然にゅっとカーテンの下から現れた。
『うぉっ!』
お互い腰窓だから下半身は見えないが、おそらくこちらと同じようにベッドに乗ってるんだろう。
逃げる間もなくすぐに窓が開き、さっきはどうしたのとか、いや、ごめん、ありがとうなんて言いながら、会話が始まってしまった。
しかしこの顔面天使感たるや、やっぱもろくそ可愛いやんけ…! とは思うが、同時に何かゾワゾワするのは何故だろうか。
『……これ…なんだろ…』
『これ? さっきのこれにてのこれ?』
『え? あはは、や、違うんだけど…』
閉じたカーテンが少し揺れていて、彼女より目が奪われるのは何故だろうか。
こちらからは見えないが、おそらくお尻を振っているか、足をバタバタさせているのだろう。
子供はじっと出来ないのだ。
俺も何か言いようのないムズムズ感に身体が支配されているような気がするのだ。
ああ、そうだった。引っ越しだ。
閉じた水色のカーテンは、まだ片付いてない部屋を見せたくないのだろう。
この歳でもう女の子してるんだな…。
(…しかし…こちらからは…彼女しか見えない…揺れるカーテン……か……)
あっ。
これってアレじゃないか?
窓が開いているのに、何故かカーテンは閉められていて、上半身だけ晒したまま顔を赤らめモゾモゾしながら主人公と辿々しく会話するやつじゃないか…?
今まさにあのカーテン雌犬スタイルで話しかけられているんじゃないか……?
様々ある作中きっての見せ場を転生直後お目にかかるとは…!
想像力が試されて悶々とするじゃないか…!
しかも何が恥ずかしいのか、顔を赤らめる姿なんて精通するまでの俺を捗らせ続ける気か…!
これが綾小路、綾小路小夜…! はぁっ、はぁっ、これが! これこそがネトラレラの宝石の放つ魅惑のチャームなのか──ッッ!!
とまあ、末期であるのは否定しない。
だが違うのだ。
今のは創造神んてら先生に対する賛辞が入っているし、何より俺は変態紳士ではないのだ。
だが、相手は六歳ロリータなのに、大変ドキドキするのだ。
恐怖とはまた違う、これはいったい何なのか。
神、んてらに対する信仰心は置いておいて、NTR妄想と可愛い子ちゃんへの照れと罪悪感で気づかなかったが、なんだこの胸の内に広がっていく甘酸っぱくも甘美でふわふわする感じは………?
ま、まさかッ!?
おい! やめろ慎一郎ッ!! これは荊の道で相手はネトラレラの至宝、綾小路小夜だぞ!? メタメタに胃を引き裂かれ脳をぶち殺されるんだぞ!?
鉄のように硬い棒とは未来永劫おさらばなんだぞ!?
そう否定するのに、心の中の慎一郎が叫ぶのだ。
嘘を吐くなよと。
『……』
『…? どうしたの…?』
いや、これが慎一郎の影響か、この世界の強制力かはどうでもいいのだろう。すでに俺という存在自体が、あの瞬間、恋に堕ちていたのだと思い至った。
いや、あるいは、それこそ前世から。
『なんでも…ないよ』
その時、春風にカーテンがふわりと揺れて、アリさんマークの段ボールがその隙間からチラリと見えた。
物凄いごっちゃごっちゃしてる。
え、きったな。
俺が引いたことに気づいたのか、彼女は顔を赤くし、少し恥ずかしそうにしてはにかんだ。
『何か、見えた…?』
『ッ…!』
この胸に広がる幸せのような、白くて軽くてふわふわした甘いトキメキに、タールのような黒くて重くてねっとりした、それでいてギラギラと光る不純物がぶっ掛かってる気がするが、これはきっと原作のセリフのせいに違いない。
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