第58話
花山院美麗は、あられもない姿のまま校舎を彷徨っていた。
黒のローファーのカツンカツンとした音が、三階の廊下に静かに響き渡っていた。
『見つけたわ。観念して救われなさい』
『…』
ようやく見つけた黒と金が入り混じったプリン頭の醜い殺人鬼は、三階の男子トイレの個室に座り込んでいた。
『何よ、黙っちゃって。ふふっ、怖いのね。大丈夫よ。すぐにちっぽけな悩みだったってワカラセてあげる。彼もそうだったの。それにしてもレッドラインはやっぱり別格みたいね。すぐに第一チャクラを開いたわ』
『……』
美麗は興奮から若干の早口で仮面の男に話しかけるが、彼は沈黙したままだった。
それでもお構いなしに美麗は話続けた。
その目は少し血走っていた。
『第五チャクラまで解放させるとね、意識は天を巡り宇宙を知り華が咲くの。そうやって私は天華ちゃんに頂きを──きゃッ!? な、何すんのよ! まだアンタに触る資格はないわ! 離しなさい!』
突然肩を掴まれた美麗は、動揺してもすぐに毅然とした態度を取り繕った。
『ミズ』
『み、水…?』
醜い仮面の男は美麗の両肩を持ったまま、俯いた顔を上げた。
その仮面は後ろに少しずれていて、その口元だけが覗いていた。「あら意外と可愛いじゃない」美麗がそう思って唇を見ていたら、それが小さく開いた。
『オラニ元気ヲ、ワクワクスッゾ?』
『へ? きゃっ!?』
そうして、美麗を抱き寄せ、その美しい首元に顔を埋めた。突然のことに美麗は目を白黒させていて、罵倒もすっかり忘れていた。
はっはっと荒い息を吐いていたのだ。
『な、何…? 貴方…もしかして具合が悪い…みゃぁぁああッ!?』
醜い男に首元をベロンベロンと舐められ、美麗の背中をゾクゾクとした悪寒が貫いた。
『ちょ、そ、それ水じゃないわ!? 汗なのよ!』
『マズイ、モウイッパイ』
『なッ!? 何ですってぇ! はっ!? もしかして私のアポクリン腺が熱烈なフェロモンを!? くっ! 私ってばなんて罪な女なのぉ?! くひっ!? あひっ!!? ってペロペロやめて! アンタ指噛み切るわよ!』
そう言って肩を掴む左手を解き噛みついた。
『し、死ねぇ! ガブーって苦っ!? 苦いわ! これ何?! 何なのよ! アンタ何なのよ! はっ…!? 待って待って待って! まさかこの子がコンキスタなの…!?』
何かに驚いている美麗は気づかなかったが、その醜い男は素早く右手で彼女の両手首を掴み、左手で腰を抱き寄せて太ももに座らせていた。
『オシャシンハゴジユウニ』
『は、はぁ!? 撮ったら殺すから! あ、あ、嘘、あ、いや! わ、脇はやめて! や、やめ、ひゃぁぁああああんッ!!?』
醜い男は、今度は美麗の美しい脇に顔を埋めて舐めまわした。右左を交互に行き交う仮面が美麗の力を奪っていく。
そうして静かな夜のトイレにピチャピチャとした音が反響していることに美麗はようやく気づき、羞恥に頬を染めた。
自分がほぼ全裸だったのはすっかり棚上げしていたのだが、それもそのはず、彼女にとってそれは修練だったのだ。
天華によって、そういう風に躾けられていたのだが、異性に舐められることなど経験してなかった。
『い、やめてぇ! 音立てないでっ! 恥ずかしいじゃないっ! そんなとこ美味しくないからぁぁ!! も、もっと美味しいものがあるわ! だからやめなさい!』
適当な思いつきのその言葉に、醜い男はピタリと止まった。
だが、ホッとする間もなく、醜い男はまた呟いた。
『ギョウザイチニチヒャクマンコ』
そう言ってから美麗の腰を掴み、その身体を後ろにグルンと90度回転させた。
そしてデブにしては素早く両足を脇でロックし、美麗の両手をまた掴んだ。
『ぎゃぁぁ!! な、何? へ? そ、そこは!? や、やめて、だめよ、ダメ! そこは絶対ダメよッ!』
今から何をされるか、すぐにわかった美麗は太もも越しに迫る殺人鬼に強い口調でそう言い放ち、抜け出そうともがいた。
だが、ここにきて力が入らないし喉が渇いてきた。
慎一郎と似た症状が出てきたのだ。
『はぁッ、はぁっ、そ、そこチャクラじゃな、ひん、はぁ、ん、太ももペロペロしちゃ…ひぁぁあああっっ!? や! んッ、はぁン、ンンンンン"!? は、速ッ…!? あッ、嘘!? Gよりすご──はぁぁぁンン"ッ!!』
唯一自由のきく首をガクンガクンとのけぞりながら美麗は宇宙との交信(意訳)を始めた。すぐに宇宙人(意訳)が降りてきそうだったのだ。
そして彼女のベネチアンマスクは外れてタイルの床を滑っていった。
『そ、そこ開いちゃう! 第二チャクラも開いちゃうわッ!! そんなの結婚しなくちゃダメなんだからぁぁあああ!!』
美麗はいつの間にか殺人鬼に向かってぐいぐいと腰を押し付けながら動かしていた。
そして殺人鬼の手を取り子猫がミルクを飲むように懸命に舐め始めた。
『まずい! はむ、まずいわ! ん、ん"ッ、まずいのにぃ…! ちゅ、ンチュ、く、癖になるわ! はぁン"ッ、ちゅむッ、ちゅンンッ、ンン"ッ!』
そして結婚と聞こえたのかどうかはわからないが、いつの間にか顔を上げていたその殺人鬼は、また適当に呟いてから、飢えに苦しみながら水源を求める野生動物が如く苛烈さを増して再び水(意訳)を求めた。
『ゴリヨウハケイカクテキニ』
『ちゅぷっ!? ATMなんて酷い! 酷いわっ! アッ!? アアッ!! ンハァ! ダメダメダメェェェ!! このままだとプロミスしちゃう! 引き出されちゃう! 初めてのプロミスしちゃうかもぉ! これじゃ元本割れちゃうんだからァァァアア────ッッ!!』
そうして、美麗の宇宙との交信(意訳)は終わりを迎え、殺人鬼の飢えは解消(意訳)された。
すると、少ししてからタタッとした足音が静寂を取り戻したトイレに小さく響いた。
その現場から素早く立ち去ったのは、髪が所々ガピガピになった、酷い有様の少年だった。
それと入れ違いにして、階下に上がってきたのは天華と大奈、それと渡会だった。
『三階なんて来るかしら』
『遭難者はだいたい上に上がって行くものですわ』
『ほっほ。それは幼児ですよ、お嬢様』
『ふふ。でももしアレを口にしたなら可能性は高いと思いますわ』
そんなことを話しながら慎一郎と美麗を探していた。
そしてトイレの惨状を目の当たりにして、三人は絶句したのだった。
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