第57話
花山院天華は、走り去った慎一郎を見ながら応援を呼んだ。
富野塚大奈。古くは桃山時代からこの一帯を治めていた豪族で旧華族でもあった富野塚家の長女である。
『助かったわ、大奈』
『ふふ。それは渡会に言ってあげて下さいな』
そう言われて恭しく頭を下げたのは先程慎一郎を運んだ初老の男であった。天華はこの男が大奈の子飼いとは知らなかったが、故に独断で動いたのは間違いないと思っていた。
『…何故彼を運んできたのかしら?』
『ほっほっほ。何やら決意が見れて取れましたので。それにお嬢様の──』
『渡会』
『失礼しました』
大奈は扇子を震わせピシャリと話題を止め、天華に対してニコニコとしたいつものスマイルを向けた。その様子に、大きな借りを作ってしまったと天華はため息を吐いた。
『それよりも天華さん、この方々をどうしましょうか』
『…そうね。どうやら思っていた以上に複雑だったのだけど、確か南海君、だったかしら』
『…』
大奈のボディガード達にはこの廃校を取り囲むようお願いをしていた。姉の痴態を見られるわけにはいかないと見張らせていたのだが、数名の児童がいると聞き捕えさせたのだ。
そこに南海グループのトップの次男がいたのだ。
『お久しぶりね。こんな時間にこんなところで会うだなんて随分と不良に育ったものね』
『……』
『姉さんを……どうにかするつもりだったのかしら?』
『ち、違う!』
『悪いけど信じられないわ。仕方ないわね。また、お仕置きしなくちゃいけないわ』
『ヒッ!? お、覚えて…』
『くすくす。さぁ、どうでしょう』
天華が低学年の頃、政治献金のパーティで二人は出会ったのだが、その頃の彼女は慎一郎にもらったGに夢中だった。返事も上の空なのに、あまりにも鬱陶しく絡んでくるからと、実験台のおもちゃにしたのだ。
それ以来槍雄は天華に怯え、いつしか性格が捻じ曲がっていったのだが、天華は知らなかったし興味もなかった。
そして大奈はもう一人の首謀者も連れてきていた。
『天ちゃぁん、もぉ足崩していいですかぁ?』
可愛らしいピンクのワンピースを着た時ノ坂詩織は地面に正座をさせられていた。
『ダメよ。あなた、アレは注意して使うって決めたでしょう?』
『で、でもですね、わたしきゅんきゅんしちゃってぇ』
『それはムラムラですわね』
『まあ、遠くないじゃないですかぁ』
詩織からは慎一郎の前で見せていた優しい雰囲気は消え、どこか馬鹿にしたような態度でヘラヘラしていた。
『詩織、あなたアレに何混ぜたの?』
『え? あ〜あははは…何だったかしおたん忘れちゃったお』
『大奈』
『うぅん。でも春のウィナーですし、詩織さんの気持ちもわかりますし…』
『ほらほらぁ! 天ちゃんは回りくどいんだよ! まあ、悪女ムーブは楽しいのは楽しいんだけどぉ…ザイアンスとかカリギュラとか意味わかんないしぃ』
『あなた地が出てるわよ。いいの?』
『これはうっかり。私ったら。失礼しました』
『これは明確な協定違反ではないかしら?』
『わかってますよ! でもちょっとくらいいいじゃないですか!』
『はぁ……』
『まあまあ、天華さん。詩織さんも悪気があったわけでは無いのですから』
『大奈ちゃん…!』
『良いんですよ、詩織さん。ところでお貸ししているレコーダーですけど、少し入り用になってしまいまして。もちろん返してくれますわよね?』
『…大奈ちゃんは抜け目ないですね…でも明日! せめて明日でお願いします!』
『明日明後日土日なのをわかって言ってますよね。ふふ。加工は業者に任せませんか? それとも…』
『ううっ!? わ、わかりましたよぉ。せっかくのお夜食のオカズが…トホホです…』
そんなやり取りを見せつけられていた槍雄は我慢の限界だった。幼い頃、目にした天華のあの得体の知れない恐怖をこの三人の女子が纏っていたのだ。
『お前らはいったい何なんだよっ!』
『ネトラレラですよ』
『…何だそりゃ…』
『ふふ。なんでも。キセキの世代、とはよく言われますが、ただの素敵な未来を願う女の子の代名詞ですよ』
『…』
『そういえば貴方、不動産会社もありましたよね?』
『…親父のだ。知らねーよ』
『ふふ。大奈、ちょうど良かったのではないかしら』
『んふふ。そうですわね。南海さん。遅ればせながら自己紹介を。わたくし、富野塚大奈と申しますわ』
『富野塚…!? じゃあこいつらは…』
こいつらとは槍雄の学友のことであったが、みんな気絶させられていた。
槍雄はガタガタと震え出した。
戦前から続く富野塚家の暗躍を知っていたのだ。
『ふふ。みなごろしの、ですか? あらあら。今時そんなことあり得ませんわ。ただ、ここで見逃す代わりに一つお願いがありますの』
『な、何だよっ!』
『部屋を貸りていただけませんか? もちろん貴方名義で』
『自分で借りればいいだろっ! ひっ!?』
大奈は扇子を広げて槍雄に見せつけた。
そこには
知らない熟語だったが、槍雄には充分にその意味が伝わった。
ここにいる女は、全てそれだと。
『まだわたくし、予言から逃れてませんの』
『な、何の話だ…?』
予言とか今時馬鹿なのか? そう言おうとした槍雄を大奈はまた扇子をピシャリと震わせることで黙らせた。
そしてその薄く開いた瞳は不気味な光を放っていた。
『それにわたくしも萌美さんや裕美さん、他の方々みたいに試したく思ってましたの』
『試す…? 何を試すって言ってんだよっ!』
その槍雄の言葉を受けて、大奈はゆっくりと扇子を下ろした。そして闇夜でもテラテラと光る肉厚の唇が現れ、それは小さく嬉しそうに震えた。
『もちろんマゾ豚の飼育を、ですわ』
その言葉と共に、どこかで誰かが泣き叫んだ声がした気がしたが、槍雄は薄く笑う大奈から目を離せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます