第61話

 俺はそっとトイレの扉を開け、彼らの後をつける事にした。


 だが、トイレから出るとそこに理然がいた。


 チェルノゴロフ理然りぜ。ロシアンハーフの碧眼銀髪セミロング美少女である。彼女の物語はさておき、そのリゼが祈るようなポーズで言ってきた。



『助けテ、ハートさマ』



 誰がヒデブされるハート様か。


 俺は確かにデブだが、あそこまでのお腹ではないし、何よりハゲではないし、いたいよいたいよぉは言ってきたが今はもう昔である。


 いや、これはいつものロールプレイか?



『リゼか。奇遇だな』


『きグ? イチロはいつもお見通しだネ。流石イチロ。勇者イチロ』


『そうだ。俺が勇者イチロだ。ぬはっはっはっはー』



 話の流れが全然わからないが、とりあえず肯定しておこう。俺は大人なのだ。



『じゃ、あっしはこれで』


『ま、まつよろシ』



 その言葉遣いはロシア由来ではないと思うのだが。


 というか急いでるんだが。


 いや…助けてと言ったか?


 今、別にリゼは危ない目に遭ってるわけではなさそうだ。



『リゼ、危ない目に遭ってる友達はいないか?』


『…』



 何故黙る。


 怖いじゃないか。


 彼女は少しだけ俯きながら右手を軽く握り口に当て、もじもじしながら言った。



『あぶない…ならおっぱいあるけド…?』


『そ、そうか…』



 リゼはまだまだ日本語が苦手で、よくわかってないフシがある。変な風に聞こえたが、案ずることはない。意味は危ない奴らがいっぱいいるということだろう。


 これは昔からたまにしてしまう彼女の言い間違いで、幼馴染の神田翔也はだいたい悶絶しているのだ。


 まあ、俺も他のラレオもなのだが。



『案内してくれないか?』


『ッ、わかっ、タ』



 静香には悪いが、これは優先されるべき事柄だ。





『ところで神田は?』


『翔也? いるヨ?』


『そうなのか』



 どこかはわからないが、やはりこの付近にいるらしい。それくらいリゼと神田はだいたいいつも一緒にいるのだ。



『勇者イチロ、今度一狩り行こウ』



 これはゲーセンの誘いか、はたまたオンラインか。ふむ。よかろう。ギャルゲーマーな俺の腕前を見せてやろうじゃないか。

 


『負けたラ罰ゲーム』

『ああ、いいぞ』


『ダイエット』

『全然よくないぞ』


『ゲンチはとっタ。肉をそグ』

『俺はモンスターではない』


『大丈ブ。削がれルのは翔也』

『止めてあげてください』


『助けテ勇者サマ。翔也ガ死んじゃウ』

『よぉし。勝てばいいんだな』

 

『そウ、最後ニ勝てバいイ』

『ああ、その通りだ』


『それガ、スジバーだヨ』

『それはどうだろうか』



 ちなみにスジバーとはロシア語で運命である。


 巡り合わせという偶然の意味合いと前途という不確定な未来の意味もあるそうだ。


 しかし概して人々が運命と呼ぶものの正体は、大半は自身の愚行に過ぎないと誰か偉い哲学者が言っていた気がするのだが。


 いやそうなると俺も愚行の末に転生した事になってしまうのか。


 それは認めたくないが、人の人生とは常に愚行を孕んでいるものなのだ。





 着いた先は下着屋だった。



『ここに…?』


『あンッ』


『…』



 言い間違いは置いておくとして、ここにアイツらが…?


 いや…わからなくはない。


 エロ漫画では何故か間男がエロい下着を持っているパターンもある。まだまだインターネッツでお買い物出来ない年頃なのに、だ。


 つまり一度は自らお買い求めしてるという事になるのだ。


 まあ、他の女やママや姉に買いに行かせてる可能性もあるのだろうが。



『中にいるのか?』


『うンッ、ナカにある…ヨ?』


『ッ……』



 リゼの発音のせいか、だいたいエロっぽい返事に聞こえてしまうのは俺の業のせいである。


 そこに言い間違いが加わると破壊力は抜群で、教師系間男とかワラワラ湧いて来そうで怖い。


 他のネトラレラも同様だが、漫画の吹き出しなら間違いなく何かに耐えている描写になるくらいのあれこれが、学年が上がるごとに凶悪になってきているのだ。


 吐息とかも描かれていそうである。



『……』



 いや、そんな事よりアイツらだ。


 パッと見たところいないように思えるが…まさかあの人数で試着室ってことはあるまい。


 ラブコメ、エロコメなど、あらゆるジャンルで出てくる試着室でのエロシーン。もはや定番過ぎてあまり疑問に思ったことはなかったが、現実を置き去りにし過ぎである。


 こんなキラキラした店内、いかに転生者と言えど無理である。


 というかあまりジロジロ見たくないんだが。


 店員とかチラチラ見てくるのがキツいんだが。


 するとリゼは俺の手を引きながら店内に入っていく。


 彼女は説明が苦手で、たまにこういう風に有無を言わずに行動に出るのだ。


 そして彼女はまた言い間違える。



『イチロ、えっチ』


『…』



 おそらく「こっち」という言い間違いだろうが、この下着屋店内では対外的に言い訳がつかないような間違いはやめて欲しい。


 まるで俺がそういうの選んでるようじゃないか。


 そもそも吾輩、下着フェチではないのだ。


 そもそもパンツやブラなど、その対象が装備してるから良いのであって、そもそも単体で見ても興奮できないし、そもそもの問題、根本的に派手な下着が好きな男などいるのかとそもそも思っているのだ。


 いかん、変な汗かいてきた。


 しかし一歩一歩、迷いなく進む彼女の足取りは力強く、止まる様子はない。


 そしてカーテンの閉められた試着室に着いた。


 スニーカーがある。


 誰か一人入っている。


 アイツらの仲間…か?


 いや、女の子っぽいデザインだ。


 どうもリゼの勘違いのような気がしてきたな…。もしかして他のネトラレラか?



『リ、リーちゃん…? どこ行ってたんだよぉ…!!』



 だがその声は、変声期を迎えていない男の子の声だった。


 そしてリゼはまたお祈りポーズをして言った。



『助けテ、ハートさマ』


『助ける…?』


『…? はー、と…? はッ!? ははは花岡君!? リ、リリリリーちゃんッ…! ななな何で連れてきたんだよぉ…!!』


『イチロ、あぶない探してたんだヨ、翔也』


『あ、危ない? あぶないことするのはいつも君達──』


『ショォヤァ…?』


『はヒッ!!?』


『さァ、顔に出しテ? 口に出しテ?』



 リゼの言い間違いがまた発動した時、カーテンから慌てて顔だけ出したのは、リゼのラレオである神田翔也だった。


 こんなとこで顔赤らめて何やってんだオメー。


 ん?


 俺の方がかなり背が高いからだろう、中の鏡が少しだけ見えた。


 派手な赤い下着を彼は着ている、ように見えた。



『はぁ、はぁ、やぁ花岡君、ぼ、僕は、僕が、はぁ、はぁ、えへ、えへへ……。も、もう僕らは後戻りはできないんだ…! 帰ってくれたまえッ…!』


『…』



 何言ってるかよくわからないが、この危ないじゃないんだよ、リゼさんや。



 

 

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