第33話


 プレゼント袋を抱えて有栖を待っていたのだが、一向に現れない。


 先に帰ることはないと思いたいが、不安になる。館内を流れる楽しそうなクリスマスソングが逆に不安を煽っているようで、胸が痛い。


 じっとしていることに耐えられなくなった俺はとりあえずトイレの方に向かった。


 いない。


 もしかして女児にイタズラするようなやつに捕まってないだろうかと不安になる。


 急激に心配になって、モール内をウロチョロ探し回っていたら、有栖の後ろ姿がガラス越しに見えた。


 そこは裏手の川沿いで、方向的には楠木が捕まっていた目隠し場所だった。


 しかも男児に肩を抱かれて歩いていた。


 背丈は俺よりも低い…誰だ? 彼氏か? そういえばクラスの子がどうとか言っていた気がする。



『いや、違う…』



 有栖の様子が変なのはわかった。


 何故かぐったりとしていたのだ。


 抵抗しようと足掻いているように見えるがいつもの力がない。弱々しい。


 なんだ…? 何かされたのか?



『くそっ! 今日はほんとになんなんだッ!!』



 俺は有栖を追いかけるために外に出た。




 

 やはりあの楠のところに二人はいた。


 端っこにあるアイアンと木で出来た小さなベンチに座っていて、少年は有栖の肩に手を回していて、彼女はプルプルと震えていた。



『おい』


『ああ? なんだお前』


『その子の兄だ。お前は知り合いか?』



 そう告げると、燻んだ緑青っぽい髪色をした少年は馬鹿にしたように笑った。



『こいつと? 知らねーよ。くくっ、そんな格好で兄とか嘘こけ。お前変質者だろ? こいつ何かピクピクしてやがるから面白くてよォ。いいか、見てろよ?』



 そう言ってそいつは有栖のその慎ましい胸を人差し指でチョンチョンした。



『ハんんん"ッ!?』



 有栖は身体をビクビクさせてから硬直し、それから弛緩したようにぐったりとした。


 なんなんだ…? 何が起きた?


 うちの義妹はそんなに敏感肌だったのか…?


 いや、やはり何らかの業を背負っているのか…?


 つーかこの野郎…。



『な? 面白ェだろ? ギャハハハハハ!』



 しかもこの下品な笑いは何なんだ。いくら過剰な世界とはいえ、絶対クズだろうとわかる笑いというか。


 どこか見覚えがあるような顔だとは思うが、今はどうでもいい。


 死んだぞオメー。



『な? 見たか? ギャハハッ! やっぱおもれー! なぁ、お前俺のおもちゃにしてや──アガァッッ?!』



 俺は腹を抱えながらチョンチョンしてるそいつの油断をつき、その顔を正面から右手で鷲掴んだ。


 アイアンクローである。


 ざまおに比べてひたすら地味だが、俺の唯一の必殺技だ。



『イギィッ?! お、お前! 変質者のくせに! 離せッ!!』


『黙れ下郎』

 


 俺にはスピードはないが、頑張りマメはあるのだ。ヒョロガリ慎一郎氏の唯一と言っていい武器がこの握力。そこに俺のエンゲルで手にしたデカい手が合わさると誰にも負けない、と思ってる。


 だが、今は負けようが何しようがどうでもいい。


 ドタマ潰すぞ、オメー。



『イギィィィ!? は、離せッ! このかぼちゃ野郎ッ! 俺が誰だか知ってんのかッ!』


『知るわけないだろ。馬鹿かオメー』


『馬鹿だと!? くそ変質者がッ!』



 ジタバタしながら蹴ってくるが無駄である。


 俺の防御力は毛布七枚分くらいはあるのだ。


 まあ多対一は戦局が読めないし、傷など両親が心配するから喧嘩は嫌なのだ。



『イギャァァァッッ?!』



 子供同士の事とはいえ、義妹を辱めたその罪、万死に値する。


 何をやったかは知らないがエロ漫画特有のクズオっぽいお前が悪い。


 いや、将来必ずそうなるはずだ。


 それに今の俺は機嫌が相当悪いのだ。


 すると有栖はようやくと言った具合で立ち直り、俺のジャージを掴んできた。


 顔を赤らめ、はっはっと小さく吐くその白い息に、余計力がこもる。



『アガガガガッ!?』


『や、やめてお兄ぃ…! 違うの、違うの!』



 違うの違うのはちょっと違う意味でやめて欲しいが、とりあえず今はこいつだ。



『有栖…もう大丈夫だ…。ちょっと待ってろ。な?』



 そう言ってから安心させるように左手で髪を撫でたのだが、またさっきと同じように有栖はビクビクと大きく震えた。



『オ"ッ!? お、にぃちゃんん"ッ…!!』


『お、おい!? 有栖ッ!? このクズ野郎がッ!』


『アギィィッ?! 今のお、俺じゃねぇ、だろ…!』



 しかし…この短時間で義妹を心身共にここまで素直に開発するなど、信じられない。


 この歳で相当の手練れなのか…?


 いや…催眠の線も…もしかしてこれが有栖のトリガーで、こいつは未來の間男か?


 くそがッ!



『アガァァッ!! こ、こいつが、おかしいんだろォガアァァァ──ッ、……ハハッ…』



 何笑ってやがると思ったらどうやら気を失ったようだ。


 ようやく訪れた静寂に、ぴちょりぴちょりと汚い音がした。


 こいつジョンジョバーしやがった。



『チッ…くそがッ…』



 この世界における醜悪な男に俺は容赦はしない。


 とりあえず顔を掴んだまま楠まで引きずって木にもたれさせた。


 それからダボジャージの下に仕込んであったボディバッグからいろいろ取り出した。


 先程買った数々だ。


 備えあれば憂いなしなのだ。


 俺はピンクのゴム手袋をギュムッとはめた。


 そうしてズボンを脱がし、M字にし、サンタ帽を被らせ、ワイングラスを両手に持たし、マステで目を開け、舌を引っ張り出し、黒油性ペンで下半身に卑猥な落書きをし、マステを恥ずかしい感じにパオンを貼り付け、クラッカーをパンと鳴らし、色とりどりのピロピロしたよくわからないほっそい紙の帯をクリスマスを意識しながらこれまたいい感じに飾りつけ、その痴態をコンデジで複数枚撮った。


 つまり、ネトラレラがたまにされる例のあの仕様である。



『…よし』



 悪は滅びたのである。


 恨むのなら邪神を恨むがいい。


 俺のせいじゃないから勘違いすんなよなッ!


 しかし…やはりこんな事しかできない事実に凹んでしまうな…。


 まあ、義妹を助け出せたのだからプラマイゼロである。


 あとは服を適当に戻してカスタマーセンターに伝えておけばいいだろう。


 その代わり濡れたパンツとズボンは川に捨てておいてやろうじゃないか。


 お前も漏らしたなんて恥ずかしいだろうし、そのままだと風邪ひくといけないからな。


 俺が優しくて良かったな。

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