第64話

『しんたん? どうしたの?』


『いや、別に…』



 ふと思った。


 これはアレだろうか。


 最近、秘密が累積していくのだが、これはもしかすると邪神による手直し、つまりは逆説的な警告と捉えるべきではないかと思ったのだ。


 いや、今はヒロたんの容態である。


 眼鏡が曇りすぎるのはあまり良くない気がするのだ。邪神に操られるわけにはいかないのだ。


 だが、そこに待ったが掛かった。



『おっと、裕美はアタシが見はるぜ!』



 声の方に目を向けると立っていたのは、クラスメイトの城之内英子、英ちゃんだった。


 当然ネトラレラである。


 彼女の物語はさておき、元々の赤黒い髪を少しだけ残して金髪に染めた彼女は、デカいパーカーにデカいスニーカー、水泳で鍛え上げたしなやかでスラリとした足だけを出していた。


 今日はクラスメイトとよく遭遇する日だな…。


 まあ、見てくれるなら助か…ん…? 今見はるって言わなかったか? 


 いや、リゼと違って英子は原作基本設定がおバカなのだ。不用意さと迂闊さと選択ミスをするネトラレラのだいたいが該当すると言ってしまえばそれまでだが、英子は勉強が出来ない方のおバカさんである。


 おそらく言い間違いだろう。


 国語のテストが良いのは謎だが。


 毎度毎度小夜、天華、大奈の女子トップ3に教わっているのだろうが、一夜漬けが通じるのは高校までである。


 どうか気づいて欲しいものだな…寝取られる前に。



『やっぱり英子だったのね…ネチネチ、ネチネチとまったく…。いい仕事するようになったじゃない…』



 俺が英ちゃんを見ていると、ヒロたんはマスク越しに小さくモゴモゴと何かを言って眼鏡を更に曇らせていた。


 その為、表情はうかがえないが、心なしか仕事の出来る女上司のように感じるのは気のせいだろうか。


 でもそれは、部活の時のようで少し懐かしくもあった。





 場所は変わってファミレスである。


 目の前のテーブルには沢山の皿が並んでいた。


 ドリア、パスタ、生ハムなどなど盛りだくさんである。


 俺が頼んだわけでは無いが、どうも今日は集会だったらしい。


 何の集会かは教えてくれないが、とりあえず優勝者不在のため、自由行動だったようだ。そのせいなのか、ファミレスの窓側をウチのクラスメイトの何組かが陣取っていた。


 大人用なのか、大きめのマスクのせいで最初はわからなかったが、確実にネトラレラとラレオのセットである。


 学校外で、ましてやお店の中でバレるとか恥ずかしいだろうからと俺は声を掛けなかった。


 それにどうやら小夜はいないようだ。


 俺の席には俺以外に英ちゃんとヒロたん、それに英ちゃんの番である谷崎がいた。


 その谷崎がパッパっと料理を頼んだのだ。


 彼、谷崎茂は原作通り無口な様子だった。だが別に緊張してるわけではなく、彼はこれが普通なのだ。


 尤も、神田を見た後だから彼の下着が普通がどうか気になって仕方がないのだが。


 まあ、それは考え過ぎか。



『ほら食えよ、慎』



 そんな風に英ちゃんは進めてくるが、まだお腹いっぱいなのだ。



『さっき食べたからな…』


『珍しいこと言うな…やっぱり病院行った方がいいんじゃねーか?』



 ここ最近、周りからやたらと言われるのだが、別に顔色も悪くないし、大丈夫なのだが。


 いや、昨日からおかしいか。


 まあ、週明けから始まる春の身体測定時に聞いてみよう。



『俺の親父の友達の従兄弟のジジイが早めに行けば良かったって言ってたって言ってたぜ』


『じいちゃんだったらどこかおかしくても普通だろ』



 それに又聞き過ぎて遠すぎる。


 あとじじいって言うなよ。


 いずれ誰だってなるんだからな。


 そういえばこの頃から若者対老人を煽ってる奴が出てきていたな。そもそも老人を締め上げたとて若者への締め付けが止むわけがないのだが、そんなことすらわからないようになっているのは嘆かわしいのである。


 それにそもそもだが、普通に老人は労ろうよ。


 それに老人だって飯を食うし、消費するのだ。例えば病院に溜まるなどと批判するやつがいるが、外に出れば途中で和菓子屋さんに寄るかもしれない。


 医療費なんて上げたらその和菓子屋さんの売上が減るじゃないか。


 まあ、例えばの話だが、ご老人だけに限らず人を歯車としてしか見ていないのだろうな。


 誰だ一億総活躍とか言った奴は。そのせいでレベルとかパラメーターが互角だと現代のゲーム脳な若者が勘違いしたのではないかと俺は思っているのだ。


 漫画とか普通に老人強いしな。



『ちげーって。そのジジイがお前みたいにデカかったんだって。んで急に食欲無くなった時からあっという間にんぎぎぅゥッッ!?』


『うわっ?!』



 一瞬で白目?! 怖ぁっ!?



『って感じだったぜ…? だから慎もよ、早めにイかねーとその爺みたいにあっという間にんんぎぎぎ"ッッ!? って、なるぜ?』


『怖いって! わかった! 行くよ! 行くから! だから白目はやめろ!』


『は、はぁ? し、白目なんてなるわけないだろ? ぶいぶい』



 そのダブルピースもやめろコラァァァア!!



『ヒロたん!』


『うん? ごめんなさい。見てなかったわ』


『谷崎!』


『……』



 いや、おかしいだろ!? 何黙って飯食ってんだオメー!


 いや、飯時に騒ぐ俺が悪いか。



『慎、ヒロたんって…まさか裕美のあだ名か?』


『…え…ああ、いや…』


『そうよ。花岡君がつけてくれたの』



 内緒だったのでは? いや、違う、何故だ? 何故今のがなかったかのように普通に話せるのだ? 目をゴシゴシと擦るが何も変わらない。周りを見ても俺だけが騒いでいるようだ。


 そんな馬鹿な…。


 するとその英ちゃんはポンとがってんしながら言った。



『ああ! ヒロたんってアレだろ? ヒロポンの親戚だろ? 裕美頭おかしいもんな。わかるぜ? でもむしろヒロアンって言うか、ヒロアンアんいでぇ!? 殴るとか酷いだろ!』


『アンポンタンみたいな名前と一緒にするからでしょ。お馬鹿。それにざーこのくせに生意気よ』


『えーこだっ! それにもう雑魚じゃねぇっ! ホントにこいつは…! はんっ、こうなったら! あ、あれ?』


『ふふ。もうおやつの時間よ?』


『くっ! せっかくのチャンスが…! お、おい、茂! 帰るぞ! ここは危険がもう危ない!』



 英ちゃんはキョロキョロとヒーローみたいなムーブをかましているが、別に危なくはないだろ。


 ファミレスが危ないってどういう事だよ。


 それこそ予言じゃないか。


 それに谷崎ももくもくと料理を懸命に食べてる最中だろ。


 全然進んでないが。


 そう思っていたら、ナプキンを取り口元を丁寧に拭いた谷崎はゆっくりと立ち上がりイキった感じで言った。



『ようやく下着屋さん、だね? 痛いっ!?』



 かと思ったら、秒で英ちゃんに殴られたのである。



『いらん事言うなっ!』



 確かに。そういえばだいたいのラレオって、実はデリカシーなかったりするよな…。女心がわからないと言えばいいのか。


 まあ俺も一生わかる気はしないが。



『痛い痛いっ、みんなの前で、痛いっ、殴るのやめな、いたいっ、ごめんよ英子ちゃんっ! へ、へへへっ、あーっ! 僕間違えたー! 下着屋じゃなくて水着屋だったーっ! よく似てるから間違え痛いっ!?』


『雑か。茂、お前は雑か? またビシバシすんぞコラ? あーん?』


『んぐっ…! へ、へへっ、ごめんよ…じゃあね、みんな! また学校で! ……ついでに花岡君も…ね?』


『お、おう…』



 そして彼は声を抑えて小さく言ってきた。



『それ僕の奢りだから…一粒たりとも残さないでよ…?』


『ああ…うん』



 俺食えないって先に言ったよな?


 まあ、今まで大食漢で来たのだ。そういう扱いは別に構わない。ただこの量を一人で食うのは今日のコンディション的に流石に辛そうだが、お残しは悪である。


 つーかそんなに喋れるんかい。


 この後結局、静香、リゼ、和美と合流し、全て平らげてもらった。


 ただ、一口食べるごとにやらしく見えてきたのはいったい何故だろうか。


 まさかみんなエロミってわけでもあるまいし。聞いてみたい衝動に駆られそうになるが、変態の烙印が怖い。


 ギャルゲー、ほんと役に立たないな。


 まあ、ここは謎ということにしよう。


 




 

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