第23話

 そんなこんなでクリスマスである。


 イブの今日は土曜日。クリスマス会は昼四時からスタートするらしく、俺は怠惰に睡眠を貪っていた。



『慎一郎、そろそろ起きない? ママとお買い物行きましょう?』



 母上殿が布団の上から優しく揺すってくる。


 毎回思うのだが、触り方がなんかやらしい。何故撫でるのに指の関節をサワサワ動かすのか。



『えー、デブ兄寝たままでいいじゃん。早く行こーよぉ〜』



 そう言っているのは、下の妹である花岡祈理はなおか いのり


 血の繋がった方の妹である。


 姫みたいに何でも人にさせようとする妹なのだが、そういうきらいは、一番下ゆえか。



『祈理、お兄ちゃんでしょう?』


『えーだってぇ、アリスお姉ちゃんも言ってるし本当のことじゃん』


『やめなさい。有栖ったらまったく……慎一郎、何か食べたいものある?』


『母の作るモノなら全て大好物だよ』


『ふふ、わかったわ。陽子さんと行ってくるから。パパはもうあっちで呑んでるわ。起きたら向かってね。小夜ちゃんも待ってるって』


『…わかったよ』


『絶対お姉ちゃん待ってないよ』



 その通りである。





 母上殿と祈理が出掛けてからすぐに着替えた。


 普通の服がはちきれんばかりになってきた俺の体に似合うのは、ダボっとした黒ジャージなのである。


 そこにモスグリーンの恐竜の帽子を被る。


 帽子というか、フルフェイスのメット並に頭を首まで覆っていて、ちょうど顔の部分だけが丸く空いているタイプのフリース素材の帽子だ。


 耳も首も暖かいのだ。


 これは親父殿に買ってもらった、寒い冬の日の為の俺のお気に入りなのだ。


 玄関の大鏡で確認するが、ビジュアルは酷いものである。


 そこに今日のターゲット、義妹有栖が降りてきた。思ったとおり、どうやら残っていたみたいだ。



『変な帽子。キモ』


『…』



 辛辣である。


 ファッションセンス的に確かにおかしいが、これは清貧だった慎一郎氏のオマージュなのと俺のセンスのマリアージュなのである。


 サイズ感は原作と全然違うが、外にもこれで普通に出ていくのだ。


 玄関の大鏡で前髪とか気にしてパッパと整えている有栖に、俺は後ろから鏡越しに目を合わせて言った。



『アリス、今から出掛けるぞ』


『…一人で行ったら? 私行かないから。ママ帰ってくるまで公園行ってくる』



 それは想定済みである。


 俺は靴を素早く履き、ケンケンしながら玄関の扉の前を陣取った。


 そして素早く手首を掴んだ。



『いいから行くぞ』


『え、なに…ちょ、ちょっと引っ張んないで! むごっ!?』


 

 こういう時は魔法のハッピーアーンである。しょうがないから二枚やろう。


 そうして俺は、有栖が目を白黒させている隙に、彼女を小脇に抱えたのだ。



『では、でっぱーつ』



 向かうのは隣ではない。


 つまり義妹との初めてのデートなうである。


 彼女の身長はそこまでないので、気分的にはセカンドバッグなのだが。


 何だかうーうー言っているし、大鏡で見ると人攫いにしか見えないのだが仕方ないのである。


 えっさほいさと運んでいるとお菓子を食べ終わったのか、有栖がまたジタバタと暴れだした。



『バ、バカ! 早く降ろしなさいよっ! パンツ見えるでしょっ!』



 それはここがエロ漫画世界ゆえ仕方ないのである。それに少年誌とは違うのだ。秒で読み飛ばされる上に、ロリの発言は考慮に値しないのである。


 寧ろ煽ってるまである。



『降ろせデブ兄! パンツ見えるってばぁっ!』



 おお。ようやく兄と呼んだか。


 なんだか感動するのである。


 やはりNTR漫画世界では、強引な一手こそが有効なのだと改めてわかるな。


 ぬはははは。





 カランと小気味いい音を鳴らしてそこに入ると、正面のカウンターには明るい髪色の美人がいた。


 お世話になっている美容師さんだ。



『いらっしゃーい、慎一郎君』


『こんにちは。今日はよろしくお願い申し上げます』


『あはは。相変わらずかたいなぁ』



 当然である。


 明るく笑う彼女はクラスメイトのママである。つまりネトラレラの実母であり、あまり深入りしたくないのである。


 有栖を連れ込んだのは「グラデーション」という名の美容室で、ネトラレラのご実家なのである。


 古いヨーロッパテイストにモダンな配色で味付けされた小洒落たお店で、ここは俺の小二からの行きつけの美容室なのだ。


 すると店の奥から金髪の女の子がやってきた。


 少し吊り目がちで、意志が強そうな茶色の大きな瞳に長いまつ毛は、活発な彼女に似合っていて、少し緩くウェーブがかった柔らかそうな長髪は、その名の通り光っているように見えるくらい明るい。


 ふむ。今日の格好は、お淑やかなお姫様といったところか。



『慎っ! いらっしゃーいっ! メリークリスマス!』


『メリクリ。今日はよろしく』



 全然違っていつも通りである。


 しかし、今日はイブなのだが、別に構わないか。


 彼女の名は輝乃前光里てるのまえ ひかり


 もちろんの如くネトラレラである。


 つまり美少女なのだが、今日は少しメイクをしていて、いつもよりやたら輝いているのである。


 他学年である有栖が言葉を失って絶句しているのは、我々五年一組がキセキの世代(女子限定)と言われているからだろう。


 男子? ああ一部は人気あるでやんすよ。


 俺? 俺はまあ、転生なんて奇跡を授かったのだから当然キセキの世代である。


 まあ、アンクルは逆にブレイクしそうだがな。


 光里の原作物語は一旦置いておいて、今日は彼女のママに有栖のことを依頼していたのだ。


 その光里ママがニコリとして有栖に元気よく話しかけた。



『彼女が言ってた妹さんね! 可愛いじゃない! はじめまして!』


『は、はじめ、まして…』


『ふふ、お名前は?』


『花岡…有栖、…です…』



 ふっ、美容室のオシャレ具合に萎縮してやがる。


 神んてらの描くお店屋さんは、割と凝っていてオシャレなのだ。


 俺も初めての時は緊張したのだ。


 実は有栖は美容室には行ったことがないのだ。それは母上殿が彼女の髪を自身で切りたがるせいなのだが、そろそろデビューしてもいいだろう。



『私は美里。そこの光里ちゃんのママよ。ミサちゃんって呼んでね?』


『は、はい…』



 その様子を見ていた光里が、ぷくっと頬を膨らませた。



『ちょっとそういうの慎の前でやめて』



 ネトラレラである光里は、最近ママに反発していたのだ。おそらく隣に住む幼馴染であるラレオとの仲のせいだろう。


 でも、何故いるのか。


 呼んでないし、寧ろ席を外してと言ったつもりだったのだが、クリスマス当日と勘違いしたのだろうか。


 俺のようにとまで言わないが、少しくらい空気を読んで欲しい。



『はいはい。ふふ、お年頃なんだから。慎一郎君はそこに座っててね』


『はい』



 指さされた革のソファに光里と向かおうとすると、有栖にジャージを掴まれた。


 過去一番身体を寄せてきたのである。


 そうか、怖いか。


 初めてはそんなモノなのだ。


 ただ、この超アウェイ感に面食らっているのか必死の形相で掴んでくるのである。


 わかる。



『ちょ、ちょっと待って! なんなのこれ! 説明してよ!』



 まあ、そりゃそう思うのは当たり前である。



『今日はお前の髪を黒色に染めてもらおうと思ってな。欲しいって言ってただろ? サプラーイズ。ははは』


『えっ!? な、いい! いらない!』


『メリークリスマ〜ス』


『クリスマ〜スじゃなくて聞いてよっ! わたしそんなのしたくないからっ!!』



 またまたご冗談を。


 俺は今日ここを貸切にしたのだ。


 落ち着いて思う存分染めてもらうがいい。



『母には確認した。学校も大丈夫だ。いじめられたら俺がボディプレスでぶちのめす』


『た、頼んでないっ!!』


『あんまり大きな声だとご迷惑だぞ』


『え、あ……』



 俺に嗜められた有栖は周りを見た。


 貸切だし他に人はいないが、ここには独特の緊張が漂うような空気があり、それを感じ取ったのか有栖は黙った。


 義妹はおそらく最初はゴネるか騒ぐかするだろうと光里ママに伝えていた。だからいくら叫んでも無駄なのだ。


 まあ、すぐに素直にはなれないだろうし、そのために貸切にしたのだ。


 ゆっくり諦めて欲しい。


 しかし、俺に抱きつくくらいしがみついているのを、忘れるくらい不安な仕草は何故だろうか。


 変わるのが怖いのだろうか。



『…ほんとにそういうの要らないから、やめてよ……お兄…』



 ふむ。結構マジっぽいのである。



『ならなんで黒髪が欲しいなんて言ったんだ?』


『…わたしそんなこと…言ってない…』


『へ? そうなの?』


『ッ、そ、そう! そうよ! アンタの勘違いなんだから!』



 そうだったのか。


 いやいや、騙されないのである。


 「黒髪欲しい」がどうやって勘違いに聞こえるのかは無理筋だと思う。がしかし、ここまで必死に言い張っているなら無理強いしても仕方ないか。


 素直じゃないのである。


 まあ確認せずに無理矢理拉致って連れてきたしな。


 いくらサプライズとはいえ、普通に最低である。


 だが俺はお兄ちゃんなのだ。



『ミサちゃんさん。僕を金髪にしてください』


『わぉ男前。いいの?』


『いえす』


『ふふっ、わかったわ』



 全然よくないが、仕方ないのである。


 それに予約を空けるなど人としてやってはいけないことなのだ。



『…え? 嘘でしょ?』



 嘘じゃないのである。


 俺は常に本気まんきんなのだ。


 お揃いは嫌だろうが、お前を一人にさせてはやらないのである。



『あたしとお揃いなんて、学校でなんて言えばいいのよ…恥ずかしいじゃない…もぉ…慎のバカ…』



 なんか小さくごにょごにょ言われても、帽子のせいで聞こえないのだが、何故か光里がテレテレとしていた。

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