第24話
俺の名は花岡慎一郎。
紛うことなき転生者である。
邪神んてらの描く狂気の裏切りエロ漫画世界に召喚された、哀れな子羊なのである。
脳破壊を楽しんだという業のせいか、それともその業がストライキでも起こしたのか、何故かこのおかしな世界に生まれ変わっていたのだ。
各種の業ストに翻弄されつつも、そこから手を尽くし、運命に抗ってきたのだが、ついに俺は限界を突破した。
鏡に映る俺は紛れもなくパツキンである。
『……』
なぜか、興奮する。
おそらく前世ではむっつりすけべの、見た目だけは真面目野郎だったのではないだろうか。
髪を染めたことなどなかったのではないだろうか。
しかし、この高揚感と言えばいいのか、これはなんだろうか。なかなか味わったことがない気持ち良さがある。
ふむ。まるで煽り運転を繰り返し、イキり散らかすようなデカい車にでも乗った気分、といったところか。
いや、違うな。
気分はスーパーなヤサイ人だ。
『ドキュン』
そんなことを光里が息を呑みながら、小さな声で言ったのだが、確かにDQNにしか見えない気もする。
『…』
いや、全然する。
金髪でデブでダブつく黒ジャージのこんな奴が彷徨っていたら職質案件じゃないだろうか。
『…』
俺、やっちまったかな。
◆
花岡有栖。
辛辣な我が義妹である。
小学二年の時に父が再婚し義妹になったのだ。
金髪ツインテールに大きな瞳は碧眼で、肌はまるでシルクのような光沢を放つ珠のような色白はまさに妖精のようで現実感がなく、改めてここがエロ漫画世界だと再認識したくらいであった。
ただ、兄妹になって丸三年以上経つが、正直距離感も掴めないし、何考えてるかわからなかった。
しかもこの子、原作には出てこなかったのだ。
邪神んてらはあくまで小学校の時の過去描写と原作メインの高校生活描写に特化していたのだが、漫画に直接的な義妹描写などはなかったし、もちろんその関係の深さや家族としての絆など語られてなかったのだ。
俺自身はあくまで三つ巴、俺、小夜、竜也の物語しか強く覚えてはいないし、サイドストーリーなど知らないし、ifルートも知らないのだ。
知らない尽くしだからと言って、家族仲が最悪なのは嫌である。
だから何とか兄妹としての良好な関係を構築しようも、最初から嫌われたままなのであった。
『今日からよろしくね』
『は? ウザ』
ご覧の有り様であった。
急に出来た義妹にこんなこと言われてもご褒美にはならないのである。
尤も、必死だったのもあるし、そこまで構ったわけじゃないし、まだデブではなかったし、そこまで嫌がられる覚えはないのだが、今回のこの強引な一手で、ようやく少しは交流出来たのかもしれない。
◆
『…なあ、やっぱり交換しないか』
『…』
また無視である。
今回は仕方ないから許してやろう。
だが、返して欲しい。
何あろう、恐竜帽子である。
美容室からの帰り道、恐竜帽子を奪われたのだが、仕方ないから帰り道にあるファンシーショップに寄り、もう一つ買ったのだ。
もちろん同じ色である。
拒否られるかと思っていたのだが、よほど疲れたのか何も言われなかった。
あれから「グラデーション」にてプチクリスマス会を逆サプライズされたのだが、それは俺も嬉しく騙された。
少々強引な光里ママに促されるカタチで有栖も誘われ、素直に参加していた。
徐々に異性三人は打ち解けていき、流石美容師さんだなと感心しながらも、ほっとして眺めていた。
まあ、オシャレ空間にオシャレアフタヌーンティーみたいなキラキラ軽食セットだったので、もしかしたら女児が持つ大人への憧れが満たされたのかもしれないが。
それにしても、光里にはもしかしたら会うかもと持ってきていたプレゼントを渡せたのは良かった。
彼女へのプレゼントは小さな小瓶が可愛らしい見た目の香水である。
小学生にどうかとは思ったのだが、彼女の性癖は匂いなのだ。とても喜んでくれたのは想定通りだとしても嬉しいものである。
ふっ、これでラレオをソワソワさせるがいい。
原作通りになッ!
しかし、光里ママに同じモノを贈ったのだが、何故かペシペシ蹴られたのは謎である。
デブには無駄だがな。
そんなこんなでお暇し、帰宅しているのだが、有栖を見ると、恐竜帽子の耳辺りを両手でギュッと握り、俯きながらトボトボと歩いていた。
そのせいで表情は見えないのだが、帽子を交換して欲しくてソワソワする。
俺は長年かけてその恐竜帽子をピタリと伸ばしてきたのだ。
つまり、ある意味オーダーメイドなのだ。
頭の小さな小顔有栖とは違うのだ。
つまり買いたてを被る俺は、まるで海女さんみたいにきゅっとしているのである。
この世界で、ある意味溺れないように真実のアワビを探していることから、間違ってないようにも思えてくるが、顔の中央の開口部分が小さ過ぎて、流石に恥ずかしいし、せっかくの金髪も前髪すら出やしないのだ。
なんとか前髪を出そうと上にズラすと、目出し帽になるのだ。
ちょっとこれ嫌なんすけど。
これもこれでおそらく職質案件なんすけど。
しかし、染め液の匂いなのか、嗅いだことのない匂いが常に顔の周りを漂っていて、臭いわけではないのだが、なんだか癖になる匂いである。
『…お兄、あれ』
『ん? ああ…』
道路の反対側に小夜と菊川海里が歩いていた。
昔から良く運動するせいか、小夜は俺と同じようにジャージ姿が多かったのだが、今日はまさにヒロインと言った具合の可愛らしい格好で、海里も流石は天華の許嫁といったところか、金持ち特有の上品な格好をしていた。
この方向はおそらくイーオンという絶妙に似ている商業施設だろう。
イブデートか。
菊川海里の原作では、天華にしか許嫁とまだ明かされていないのだが、彼女は大丈夫だろうか。
しかし、和気藹々と話す二人の仕草は、まるでラブコメ漫画の一コマのように時が止まって見えて、お似合いだった。
『…イーオンに行こうか。なんでも買ってやろう』
『…なんでも?』
『ああ。何でもだ』
俺は長財布をぴらぴらとチラつかせながらそう言った。
正直いけない誘いにしか見えないし、イキり具合が半端ない気もするが、業ストが囁いたのだ。
消費豚になれとなッ…!
だから転生者チーターたる俺に全て任すがいい。今日の貸切のように、昔とは違って金ならあるのだ。
俺は逃げられないよう、有栖の手首を掴んだ。
またハッピーアーン攻撃かと察した有栖はハッと顔を上げて、すぐさま口をぎゅっと閉じた。
恐怖ゆえか、何故か目も閉じているのだが、そうじゃないのである。
『タクシィィィッッ!!』
『……タクシーに当たんな。デブ兄』
いや、当たってない。
俺がもうデブ的にアンクルがギブなだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます