第5話

 花岡雄大はなおか ゆうだい


 サラリーマン勤めの我が親父殿である。


 正直原作には名前しか登場してないからどういう人となりかはわからない。設定として母と離婚したのは知っていたし、優しい声掛けな描写はあった。


 そんな親父殿と過ごすことに抵抗はないが、いったいどんなことをしたら親権を取れるのか。


 清潔感もあり見た目も悪くないし、中肉だし、背も普通に高い。


『……』 


 いや、今は考察はナシだ。本気マンキンで慎一郎のフリをせねばならないのだ。


 そう、転生して一番に考えること。


 それは環境整備なのだ。




『今日、お隣にね、綾小路さんって家族が引っ越してきたんだ。慎くんは大きなトラックは見たかい?』


『アリさんマークの引っ越し車!!』


『うわっ!!』



 やべ、思ったよりでっかい声出てしもた。


 だが、六歳時点の彼が小夜以外にどんな対応だったかわからないのだ。



『はは、今日は元気いっぱいだね。驚いたよ』


『ごめんなさい』


『ううん、嬉しいんだよ、パパは元気な慎くんが好きなんだ』



 親父殿はニコニコしている。本当に楽しそうだし、愛してくれていることが伝わってくる。


 俺が往年何歳だったのかわからないし、子供がいたのかもわからないが、なかなか真っ直ぐした愛に、何故か俺は照れるのだ。



『慎一郎、好きとか照れるます』


『…そのしゃべり方何だい? 保育園で流行ってるのかい?』


『デッカイの興奮してるます』


『ああ、トラックかい? 確かに大きいよね。後でご挨拶に来るそうだよ』


『おっきいステーキ食べたい』


『そ、そっか。じゃあ後でお肉買いに行こうか』


『チョコも好き』


『はは。ちゃんと歯を磨くんだよ?』


『……』


『ちゃんと磨くんだよ。虫歯は嫌だろう?』


『虫は敵。やっつける』


『頼もしいね。ははは』



 子供は基本大人の言うことの、都合の良い部分しか聞いてないはずで、思考も飛び飛びなはずだ。


 ドキドキしたが、これはなかなか幸先がいいのではないだろうか。


 この進むべき道が進みたくないほど先行き不安な転生ライフ。ざまお一人暮らしならともかく、同居人が居ても出来れば自然体でいたいし、なるべく気を使いたくないのだ。


 このやり取りで確認したかったことはもう一つある。それは慎一郎が内向的な性格を今この時点で既に有していたのか、ということだ。


 そしておそらく親父殿は気にしている。


 だが、それを変えねばならないのだ。


 なので、まずは子供は急な出来事によって変わることがあると、アニメや友達の影響で変わることがあると、ハイとロー、緩急織り交ぜながら徐々にR18な俺が普通に喋れるような環境にするのだ。


 ふむ。環境整備がてらについでに試してみようか。



『父ちゃん』


『お、おお、なんか新鮮だね。なんだい?』


『僕らも引っ越そう』


『そ、それは出来ないかなぁ…』


『お隣さんだけズルい』


『いや、ズルいとかではなくてね…どう言えばいいのか…』



 ふむ…引っ越してきた系幼馴染返しとしてはかなり良い案だと思うのだが…。


 いや、嘘だ。


 俺も引っ越した先で引っ越した系幼馴染になりたいのだ。


 逆ネトラレラなのだ。


 TSネトラレラっちゃうのだ。


 それにここは漫画世界である! 俺は認めないのだ!!



『空っぽで帰るのは損だよ! ちょっとアリさんマークに聞いてくる!! 割引きしてもらおう!』


『慎くん!? どこでそんなことを!? 待つんだ慎くん!!』


『父ちゃんとならきっとどこだって住めるはずさ!』


『え…い、いやパパ嬉しいんだけどローンまだ残ってるから! それに引っ越しはそんな簡単じゃないんだよ! 慎くん!』


『何でも挑戦しなきゃ!! せんせー言ってた! 僕頑張りマメ!』


『それは良いことだけど頑張りますみたいに言わない! あ! 道路飛び出しダメだから! こら! 慎一郎!』


『ぐぇッ!』



 しかし、すぐとっ捕まってしまった。


 ヒョロガリだったの忘れてた。


 いや、これが世界の強制力なのだ。


 やっぱ綾小路小夜とはなるだけ距離を取ろう。



『あ、ほら、きたよ。ちゃんとご挨拶するんだよ』


『慎一郎、お腹いっぱい』


『買い物はこれからだろう…こら、ふらふらしない。しゃんとしなさい』


『しゃーなしだゾ』


『ほんとに今日はどうしたんだ…』



 それは俺が聞きたいのである。


 それにしても、何というか、やっぱり親父殿とは顔のタッチが似てないな…。


 まあ、漫画世界だ。そんなこといちいち言ってたらキャラクターなんて成り立たない。


 超絶美少女の姉や妹や母なんて生まれないのだ。



『お、わかった。あの子のせいかい?』


『勘のいい父ちゃんは嫌いだよ』


『は、はは…パパ、勘はよくないよ…』


『……』



 いやこれ……いや、流石の神もそんな無慈悲な設定にはしまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る