第40話
そうやって恐る恐る入った男子トイレに男児達はいなかった。
ならば考えられるのは女子トイレ一択なのだが、ますますエロ漫画的お約束に思えてくるのだが…。
そういえば、我がクラスのネトラレラ以外はどうなっているのか。
邪神の設定した世界ならば、他にも悲運のネトラレラは居てもいいと思うのだが。
いや、居て欲しいわけではないのだが。
ここは金持ち側にあるからか、よくある小さな派出所より随分と立派で清潔なトイレで、頑強な壁のせいか、女子側に壁に耳を当ててもわからないし、客観的には変態にしか見えないのが辛いのであった。
『どうしようか…』
本気で悩む。
まさかこんなことで悩む日が来るとは思わなかった。
あのカルガモ編隊は、おそらくみんな小学生で、高学年だった。
言ってみれば男女混成の連れションだとも言えるが、そんなシーンを見かけた小学生はどういった反応をするのが普通なのだろうか。
あるいは一人だけ男の娘だったのだろうか。
ならばますます男子トイレ一択だと思うが、いない。
若気の好奇心が至り過ぎての根性試しだろうか。あるいはみんな最新型の性なのだろうか。
ならば俺も心を乙女として振る舞い女子トイレに入って確認してみようと思うのだが、どうだろうか。
舌の根も乾かぬ内にそんなことを思ってしまうのは俺がクズの証拠ではあるのだが。
いやいや、そもそもそんなマ⚪︎コデラックスみたいにしてどうする。逆にいけそうな見た目だから普通に嫌なのだ。
だが、慎一郎氏には我慢を強いてきた。
原作の彼は夢見がちだが、正義の心は持っていた。
これからは己を我慢させる必要は無いんじゃないか?
それに小学生なら怒られても黒歴史くらいで済むのではないだろうか。
いや、こうやって考えている間にコトは進んでいろいろ済んでしまうのではないだろうか。
『いや…』
そうだ。それは取りこぼしたら二度と帰らないのだ。
知ったからにはもう遅い。
だが、逆ハー的催しだったり趣味だったり、あるいは別の邪神がもたらした世界観だとしたらすぐに引き返そうじゃないか。
おませな子はどこにでもいるのだし、彼女には脅されている様子もなかったのだ。
つまり悲運のネトラレラではないのだ。
だから止めるのも野暮だろうし、野暮は我がクラスだけで充分だ。
俺はおそらく元々はマンハッタンなのだろうが、卑猥な名前のメッセンジャーバッグから、味をしめたかぼちゃマスクを取り出した。
そのマスクの空洞の瞳は、俺の決意をまるで馬鹿にするかのように笑っていた。
警察呼べ? いや、持ってるものがいろいろアレ過ぎて却下である。
◆
そうして女子トイレをうっすらと伺ってみるが、シンとしていた。
被り物のせいか、想像と違った無音の空間が、逆に怖いのである。
え、何これ。神隠し?
ここに来てまさかのオカルト?
いやいやいや……。
ちなみに俺は幽霊がマジ苦手である。そんなスピリチュアルを信じるのは転生した事実からであった。
パワーな石とか超好きなのだ。
もう一歩進むと、なんだか呻くような声がしている……気がする。いろいろな想像が頭を駆け巡る。
早く何らかのアクションが欲しい。
イエスかノーな枕が欲しい。
それ既にやっちゃってるか。
違う、そうじゃない。
俺の今の見た目も行為も確実に犯罪者なのだ。
俄然ノーだ。ここに長くいたくはない。
すると両脇から音もなく忍び寄る影が現れた。
『ッ…!』
俺はすぐさま棒を手放し、どこぞのマッチョな市長のように両腕を広げぐるぐるとその場で回転した。
『ハガーッ!』
『『ぐぇ!?』』
アンクルに負担をかける技だが、致し方あるまい。
普通に怖かったのだ。
しかし、身長差のせいで、ラリアットは不発だった。だがお腹の肉で何かしら吹っ飛んでいたから結果オーライである。
そうして倒れて呻いているのは先ほどのカルガモであった。
『気づかれていたのか…』
ますます犯罪臭がしてくるが、客観的には俺の犯罪臭の方が強い絵面である。
普通に冷や汗が出てきた。
よし。世紀末的なこいつらは男子トイレにぶち込もう。
分断と各個撃破が戦争の基本なのだ。
『サワグトコロスマス』
『ひっ』
驚いただろう。
マスクを被る俺の声は昨日のことを踏まえてボイチェンされるのだ。
昨日寝れなかったとも言うが改造したのだ。
そのポップでキュートな声で恐怖に縛られ呻くこいつらの足を引きずって、俺はまた安心安全な男子トイレにずりずりと戻った。
途中スマホで撮られたのは気づいていたのだが、とりあえず便器にジャーとしておいた。
俺ではない。
回復したのか襲いかかってきたから仕方なく両脇に挟んだのだが、気づけば彼らはぐったりとしていて、スマホが綺麗に便器に落ちただけである。
何となく大を選び止めは刺したが。
『見つけたぞ?』
『ッ!?』
その突然な声に俺はびくッとしたのだが、振り返るとそこには昨日の危ない奴がいた。
有栖をイジっていた奴だ。
随分とイキイキとしている。
『よくも昨日はやってくれたな…ああ"ッッ!!』
『……』
こいつ、小学生のくせにタフ過ぎないか?
やはり間男系クラスのメンタルなのは間違いない。
『…人違いだよー』
『変な声で何言ってんだパンプキン。お前の臭え匂いを間違えるわけないだろ』
『臭ッ?!』
く、臭くないし! 和美はクセになる匂いってさっき言ってたし! いや、それは一般的には臭いで合ってるのか…。
やはり優しい子だな、和美は。
臭いも隣も気になるが、そういえば萌美と待ち合わせだった。
ちなみにパンプキンはこの声のようにかわい子ちゃんというスラングである。
今の状況みたいにマヌケとも言うが。
『…じゃ、あっしはこれで』
『おおっと、ここは通さないぜ。おいッ!』
クズが小悪党のように号令をかけるとわらわらと笑笑しながら男児達が入ってきて出口を塞いだ。
え、嘘、怖。
というか手下か…? ひーふーみーって多くないか?
それに皆見なりがいい。おそらくピカ小だろうが、金持ち喧嘩せずと言うのを知らないのか。
いや、小金持ち故か。
『はぁ…』
『ギャハハ…もう遅ぇよ。ボコボコにしてお前の正体晒してやんよッ!! お前ら撮っとけよッ!』
そうクズに言われた手下どもが一斉に取り出したのは懐かしい機種のスマホだった。
時間が無いと言うのに面倒な。
だが、無駄である。
『…撮らない方がいい。バレるぞ』
『ああ"ん? バレるのはお前だろうが。それに昨日のは誰も見てねぇよ。はは、それにアレは汚ねぇ手を使いやがったからだ』
汚いも何も、お前は有栖に夢中だったし、手下何人連れてるんだという突っ込みはさておき、俺はガサりと鞄に手を突っ込んだ。
そして目の前にぴらぴらと掲げる。
『これ、君だろ?』
『なッ?! お前ッ……!』
俺はこいつのサンタな痴態をL判でキレイ印刷していた。備えあれば以下略である。それを目にしたクズは、やはり案の定大きな声を控えながら睨んできたのであった。
だいたいの性格は掴んでいたのだ。
手下の前ではバレたくはあるまい。
くっくっくっ。
そして俺は小さな声でクズを更に煽ってみた。
『どうする? 別に俺は構わないが、お前のお仲間はどう思う? それとも自慢の親に頼るか? パパママーってな』
『お、お前、卑怯だぞッ…』
まあ、確かに。
しかし…昨日言っていた「俺が誰だかわかってんのか」は親とか家系とかだろうと思っていたが、どうやら誰にも言ってないようだ。
いや普通に犯罪なのだし言えよ。
何かあったらどうするんだ。
お前だけの命じゃないんだぞ、まったく。
まあ、こいつが名誉主義というか、プライド馬鹿で助かった。
世の中、名誉とか権威とかプライドにしがみつきすぎると現実の認識を歪めてしまうものなのだ。
クズは思った通りチラチラと後ろを気にしながら歯軋りしているのだが、後ろを見たタイミングで、俺はピラリと写真を上に放った。
『お、お前どこに…上か!』
当然視線は写真を探し、体は反射的に取ろうと動くだろう。
俺の射程範囲にな。
『よ、よし、アガッ?! イギィィィッッ!?』
それに勘違いしているようだが、俺こそ逃すつもりはないんだ。
だからやはりここは再びのアイアンクローである。
『冬は乾燥する。水分はよく取ったか?』
『ッッ?!』
有栖からのグーパンの八つ当たり、もといお礼でもあるのだが、さあ、今度はお友達にずいいっと見てもらおうじゃないか。
懲りない君の、そのジョンジョジョバーっぷりをな。
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