第28話

 そんなわけで余裕でサンタになれるのである。


 タクシーを乗り降り、辿りついたのは複合商業施設であるイーオンモールである。三階建の大きな建物に圧倒される。


 最近この辺りに手を伸ばし…いや進出してきただだっ広い施設である。


 正面入り口から入り、三階まで吹き抜けたホールには大きなツリーを見上げてみると、赤と緑に彩られた垂れ幕も下がっていて、ビバクリスマスといった具合である。


 土曜日でのイブのせいか、いつもより人が多い気がする。


 一階は三分の一がスーパーで、あとは雑貨屋に服屋、化粧品や薬局などの日用品店が並び、アイス屋さんやクレープ屋さんみたいなテイクアウト系なども揃っている。


 二階は飲食とかスポーツ用品とか靴屋とか少し滞在時間長めの専門店が揃っていて、三階は映画観とか本屋とか旅行代理店とかのじっくりゆっくりタイプのお店が並んでいる。


 そういえばあの近所のファンシーショップは大丈夫だろうかと不安になる。


 このままでは駆逐されそうだ。


 まあ、密林によってこんな大型施設もいずれ淘汰されてしまうがな。


 とりあえずあと30個くらい買っておくのである。



『…なんでもいいの?』


『ああ、レッセフェール、だ』


『ウッザ。何言ってるか意味わかんないし』


『つまり有栖の自由さ。メリークリスマ〜ス』



 俺はプラスチックのワイングラスを取り出してそう言った。ファンシーショップにあったのだ。


 もちろん有栖の分もある。



『そんなものどこから出したのよって持たせないで! なんで二個もあんの! そういう変なところが嫌なの! 鏡とか! 自覚しろ! デブ兄っ!』


『はっはっは』



 何度蹴ったところで無駄である。それに俺は変ではない。シリアスが怖いだけなのだ。


 この世界は一寸先はナニが起こるかわからないのだ。それに過剰なのだ。


 つまり過剰には過剰で相殺するのである。



『はぁ、はぁ、はぁ、ほんとになんなのよ…やっぱりいらない。ママに怒られるし…』


『それは俺が土下座するから大丈夫だ。慣れてる』


『…そういうのが…嫌なんじゃん』



 ほう。


 そうだったのか。


 太る俺を叱る親父殿に土下座しすぎたのか、いつの間にか動きがスムーズに最適化されていたのかもしれない。


 そこは反省だな。



『…わかった。慣れてないフリして過程を誤魔化そう。父には通じないが、俺の土下座は母に無敵だ』


『全然わかってないじゃんっ!』


『有栖が欲しいのはあの魔法のステッキなのはわかってる』


『ッ、ち、違う!』



 嘘である。


 こんなにもモールは赤と緑に溢れているのに、視線がピンクいモノとかキラキラしたモノに釘付けである。


 過剰さとは、逆に利点でもあるのだ。それは表情だ。それさえ気をつけておけば喜怒哀楽は見抜けるのだ。


 よし。ならばここは有栖をピンクいキラキラ魔法少女に変身させ、その上さらに素敵に無敵なリラックスにカラフルな装飾で色付けて、それから兄妹力を合わせて、小夜と出掛けていると勘違いしているであろう両家合同の地獄のクリスマス会に仲良く喧嘩を売ろうじゃないか。


 全てはパトロンたる俺に任すがいい。


 つまり兄活だ。


 それに血の繋がらない義妹の笑顔は安心安全プライスレスなのだ。



『何笑ってんのよっ! 馬鹿にしてるんでしょっ!』


『そんなわけないじゃないか。ほら行くぞ』


『ちょ、また!? 離してってば! クラスの子に見つかったら嫌なの!』


『帽子でわからないさ。人も多い』


『アンタは目立つのっ!』


『ははは。ご冗談を。それに兄妹なんだ。見られても問題ないだろ?』


『あたしにはあるのッ! アンタ裏でなんて言われてるか知ってむごッ!?』



 何か言おうとしたのだろうが、ここに来てのハッピーアーンである。いくら広いモールでも騒いではいけないのである。


 それに油断はいけない。


 それこそが致命の一撃となり、トロットロッに溶かしてしまうのだ。


 心とか金とかなッ!


 それに時刻は14時が近い。あまり時間がないのだ。母上殿の料理が俺を待っているのである。



『ほんっと死ね』



 諦めたのか、静かに辛辣である。


 いや、耳が餃子みたいに潰れて聞こえにくいせいだろう。鬱血している気がするから本当に返して欲しい。


 しかし、なんだろうか。これはもしかしてなのだが、血の繋がってないからこそ得れる安心感がもたらすモノじゃないだろうか。


 罵倒がだんだん気持ちくなってきた。





 死んだ表情の義妹を連れ歩きながらお店を物色していたら、モエミに出会った。


 モコモコとした格好が可愛いらしい彼女は、一年生の頃からの友人である。



『あ、花ちゃん。奇遇だね〜』


『メリクリ』


『もぉ今日はまだイブなんだよ。あれ? その子が…もしかして妹ちゃん?』



 モエミのその一言に有栖はかなりの力で手を振り解き、俺の背中に素早く隠れた。



『ああ、有栖。モエミ、モエミちゃん』


『…』


『もうちょっと紹介の仕方ってあると思うなぁ…。こんにちは。有栖ちゃん。お兄ちゃんとお揃いの帽子なんて、仲良さそうだね?』


『…』



 無視である。


 緊張してるか、恥ずかしいかだろう。光里で慣れたと思っていたが、まだまだキセキの世代には慣れないか。


 今日のモエミも光里同様輝いていた。原作と違い目の色同様薄いピンクな髪を肩甲骨まで伸ばしている彼女は、耳の下あたりでツインテにしている。


 太もも真ん中まである白のダウンをかっちり首下まで閉めているせいか、ワンピースというより痴女のように見えるのは俺の心が汚いからである。



『ごめん』



 いろいろ。



『あはは…きっと恥ずかしいんだよ』


『楠木は?』


『大地? まだ家じゃないかな〜? 朝はまだ着替えもせずにボーっとしてたよ〜寒いのに裸でさーほんと馬鹿だよね〜』



 裸は原作のとおり薄着のことだと思うが、着実に起こしに来る系幼馴染さんの道を歩んでいると思われる。


 クラスでは、何人かの隣のネトラレラ達がそんな面倒な業を背負わされているのだ。俺の知る限り寝取られる高校二年生まで続く地道で地味な作業だが、結構辛いと思う。


 気持ちがなければ続けれないし、ましてやお弁当まで用意するなど、狂気かママの沙汰としか思えない。


 世の漫画主人公は、その狂気的苦労を軽くスルーすることが多いのだが、鬼畜の所業である。


 頼んでないと言われればそこまでだが、ねぎらいやご褒美くらいあってもいいのではないだろうか。



『モエミ、有栖の好きそうなお店を見てきて欲しいんだけど、お願いしていい?』



 結局女児の欲しがるものなどわからないのだ。流石に同級生の前で魔法少女にウルトラデコるわけにもいかないしな。


 それは異世界コス系が好きな子に今度頼もうか。



『お願い? いいよぉ? でもその代わりー、わたしのお願いも聞いてくれるかな〜?』


『いいけど、なにを?』


『それは後でかな〜ダメ?』


『わかったよ。有栖。モエミとお店を巡って好きなもの選んで教えてくれ。それを買って家に帰ろう』


『…』



 ジャージをキュッと握ったことから、イエスということだろう。このウルトラ恥ずかしがり屋さんめ。



『…花ちゃんはお買い物しないの?』


『特にないよ。ああ、そうだ。モエミにも何かクリプレしようか。何がいい?』


『クリプレ…ほんとにいいの?』


『いいよ。クリスマスだし、何かプレゼントしたいしね』


『はぁ……花ちゃんさぁ、嬉しいんだけどさぁ、クリスマスプレゼントの中身を知りたい女の子なんていないんだよ? わたしを思って選んでくれるのがいいんだよぉ』


『それは…そうか』


『そうなんです。あ、でも一つ欲しいのあるかも。えーと、これ。どこにもないんだ〜』



 差し出されたのは、割と乱暴に切り抜かれた雑誌の切れ端で、それは光里に送った香水と同じものだった。


 おませである。


 確かにお値段手頃だし、ネットの掲示板でも話題だからな…だが今日は無理だ。この辺りで売っているところはあるにはあるが、そこは金持ちゾーンなのだ。


 時間がないのである。



『明日でいい?』


『あー…うん。いいよ? 待ち合わせは後で決めよ? 花ちゃんは…ふふっ、クレープ屋さんだよね。そこのベンチにいてね。ほら有栖ちゃん行こ?』



 モエミはそう言って俺のジャージを握る有栖の手首を掴んだ。



『デ、お兄っ! あたし───』


『お姉ちゃんと…行くよね?』


『はい…』



 そうして二人は仲良く歩いて行ったのである。何か変な様子だった気もするが、モエミの言うようにお昼が軽食のせいでお腹が空いて考えるのが億劫である。


 クレープをチラチラ見ていたのがバレていてちょっと恥ずかしいが。


 とりあえず言われた通りに小腹をペロリと満たしておくとしようじゃないか。

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