第37話

 クリスマス当日。


 モエミとの待ち合わせは川沿いにある小さな公園だった。


 少なめの緑に遊具はゼロ。一つあるベンチの上に掛かる藤棚みたいな植物が唯一雨宿り出来るくらいで、正直何のためにあるのかよくわからない公園だった。


 そこに向かう途中、高校生くらいの三人組の男達に絡まれている背の高い女の子がいた。


 ワタワタと焦っているのがわかる。


 着ているジャージは⚪︎△中学のものだが、ピンクの髪色であれだけ背が高い女の子はクラスメイトくらいしかここらにはいない。


 つまり業女であるのは言わずもがなである。


 彼女の名前は、塔ノ下和美。


 萌美と裕美と同じ髪色の長いストレートを高めのポニーテールにまとめていて、カタチのいい丸っこい耳が赤くなっていた。


 それプラス前髪だけパッツンにしているため、遠くからでも困り眉はわかってしまうのだ。


 彼女の物語はさておき、何やら絡まれている。


 クリスマス特有のワンナイトナンパだろうか。


 いくら背が高くとも小学生なのはわかるだろうに…いや、わからないのか…最近の彼女達はただでさえ可愛いのに、艶があるのだ。


 おそらく恋を自覚したのだろうな…。


 そんな事より彼らは棒付きのカメラを持っている。


 そう言えばこの頃は動画配信で無茶する輩が増えてきつつある時期だったように思う。


 だから俺は男達のすぐ後ろから声を掛けた。


 

『おい』


『ん? 何だ? うぉ! でけぇ!』


『本当だ! 何食ったらそんなにデブるんだよ!』


『うはははッ! なんか笑える!』


『…』



 失礼な奴らだな…俺は信念でデブなのだ。余計なお世話である。


 まあ、でも好都合ではある。


 わざわざ忍び寄り男達の背中側から声を掛けたのだ。この隙に和美には早く逃げろと目線を送っていたのだ!



『慎一郎くんっ!』


『うぉ!?』



 だが、和美は何故か男を掻き分け俺に抱きついてきた。


 おそらく怖かったのだろう。


 まあ、気持ちはわかる。俺にだってこんな先行き不透明な転生ライフに、不安な時はあるのだ。そんな時は抱きついて甘えたくなる衝動が生まれたりするのだ。


 だが、誰もが潰れてしまうしそれは出来ない。


 それは和美も同じだった。


 原作ではこの頃彼女は太っていて、中学時代に見事に痩せていき幼馴染のラレオをドキドキさせるのだが、今世は何故かすでに痩せていた。


 だけどクラスメイト女子からは原作のように「手加減して」とか「ゆっくりお願い」とか俺と同じような事を言われていた。


 でもそれは足と手の長さが違いすぎるためであった。


 今世では唯一この子は俺と背が近く、注意さえすれば、安心してストレッチとかできるのだ。


 何故か毎回一緒にはしてくれないが。



『これいいんじゃない?』


『そうだよな。同じジャージ着てるし』


『…?』



 男達はそんな事を言っているのだが、ジャージが何だと言うのだろうか。


 今日の俺のジャージは和美と同じく中学校のジャージだった。和美はおそらく兄のもので、俺の場合は近所のでっかいお兄さんからのお下がりである。


 最近の俺は黒ジャージ以外も着こなしていた。中でもこの中学校の臙脂色のジャージはこれぞジャージといった具合のジャージで、人によってはこれ以外の色は認めないというくらいのジャージだった。


 クリスマスだし、緑か迷ったのだが恐竜帽子に合わせてのチョイスだった。


 いやジャージの話ではなく、何が良いというのだろうか。



『今日クリスマスでしょ? 通行人に恋人いるって聞いて回る企画やっててさ』


『その子全然答えてくれなくてさ、困ってたんだよ』



 やはり配信者か。


 いや、困らせたり困った人はアンタ達だろうに。この子は断るのが苦手な優しい子なんだ。


 だからあんな目に…いやいやいや。



『けど、恥ずかしかっただけなんだよね。ごめんごめん』


『どうする? 背も近いし、良いと思う。将来絶対ペアルックくるしさぁ』



 何を馬鹿なと思いきや、確かにそんな日は来る。だが、お揃いのジャージはペアルックではなく部活仲間としか思われないと思うのだが。


 まあ、俺は料理部で、彼女はバレー部なんだ。差し入れは良く持っては行くが…。



『だから撮っていいかな? 撮れ高悪くてさー』



 何を馬鹿な。


 プライバシーはこの時代そこまで煩くないが、そもそも和美は引っ込み事案なのだ。今もどうしていいかわからないからワタワタしていたのに、それがわからないのだろうか。


 この男達は撮れ高よりもまず人を見るレンズのピントを合わせろと言ってやりたい。



『…じゃ、じゃあ仕方ない…よね?』



 だが、和美は程よく大きくなった将来有望なパインパインを腕に押し付けながらそんなことを言ってきた。



『………えっ?』


『ほ、ほら、だってこの人達困ってるし…時間って少しだけ…ですよね?』


『あ、ああ、そうね』


『ほら、少しだって。萌と待ち合わせまだ時間あるよね? だから協力してあげようよ』


『うぅん?』



 やはり優しい。優しいが、それより何故待ち合わせ時刻を知ってるんだ…。



『おいおい、こりゃやっぱ別企画になっちゃうな』


『くそっ、なんでこんな子がこんな──』


『おい! ごめんな、デブなんて言って。でも君おっきいね。何かやってる?』


『いや…』



 何かやってると言われたら全力での原作破壊としか言えないし、そんな事は言えないし…もうおそらく無意味なんだが……。


 俺はこれから何をすればいいのか昨日から悶々としているんだよ…。


 すると和美が俺の耳に手を添えて小さく言ってきた。



『嫌だった…?』


『そんな事はないけど…和美は──』


『じゃ、お願いしま〜す!』



 バレーのクイックってやつなのか、聞く暇もないくらい同意が早かった。しかしいつの間にこんな物おじしない性格に…何だか感動すらしてしまう。


 男達は三連美と謳われた和美の笑顔の魅力に、少しばかり惚けているようだ。



『…何だよーそんな可愛い顔出来るんじゃん』


『くっそ羨ましいな!』


『お似合いだよねー』


『お、おお似合いだって。どうしよう…』


『お、おう…?』



 どうもしようも、おそらく撮るためにただおだて上げているだけだと思うが…。


 いや、ラレオへの心配か…。


 実は和美からラレオである栗田の相談を受けていたのだ。


 つまりこれは、焚き付ける為に利用したいのだろう。



『ほ、ほら笑顔笑顔! 深く考えちゃダメ! 試合でもそうだって慎一郎くん言ってたよね!』


『試合?』


『そう! だからいいよね!』


『いや、うん…?』


『じゃ、本番お願いしまーす』


『お、おお…じゃ最初から──』



 そうやって始まったのだが、この圧よ。


 いや、確かに試合でいつも緊張する和美にそう言った。だけど実践的なものは天華に頼んだだけなんだが。


 まあ大したことないチューバーだろうしいいか…。役立てるならそれはそれでいいだろう。


 それにおそらく舞い上がってるのもあるんだろうな。


 撮影されるなんてないしな……。


 高二まで。



『…くッ…!』


『えっ、あ! ご、ごめ……でももうちょっと我慢してっ!』


『いや、ちがんくぅ…!?』



 圧が!? 腕にかかるπ圧が離れたと思ったら増した!?


 なんだこれ…これこのまま何だかいけそうな気がするんだが……いやいやいやいってどうする!


 それに何を小学生相手にドギマギしてるのだッ!


 すると和美は小さな声で囁くように言ってきた。



『みんなには内緒にしよう。…ね?』



 駄目だ。


 これは骨が抜けていけない。


 何か目覚めそうでいけないし、そもそも内緒じゃ牽制に───



『ぎゅっ』


『よ、よろこんでぇ』



 くっ! 腕をぎゅっとね、なんてされたから本音が漏れて返事と混ざってしまった!


 実は昨日の小夜と有栖の件で情け無いことに凹んでたんだよ俺…!


 …ならばこの一触一πの罪悪感のお返しに! もっと耐性を上げる為に! いやさ輝いてもらうために! バレー部に最新機種のビデオなどを揃えて倍返ししようじゃないかッ!


 そうして、科学的見地をオリンピックトレーナーなどに本気依頼して! 和美の春高躍進に繋げてみようじゃないかッ!


 間男コーチの代わりになッ!

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