第38話
待ち合わせの時間には充分間に合ったのだが、モエミはまだいなかった。
和美は撮影が終わるとすぐに走り去ったのだが、助かった。
あれ以上は俺の心臓が持たない。
『……』
小さな公園の小さなベンチに座って俺は空を見上げた。
昨日は暖かく晴天だったのに、今日は一転、冷たく濁った墨色みたいな曇天だった。
『…弱気な人は嫌い、青空裏切らない…』
冬のもの寂しい空に、誰の言葉だったか、歌だったかを無意識にポエムってしまっていた。
これはいけない。
随分と痛い。
そうか…やはり痛いのか。
原作破壊に邁進してきたが、こんなに早く夢が叶うとなると虚しくなるのは確かだった。
慎一郎氏、あるいは俺の思いを裏切り続けた故の胸の痛みは自業自得ではあるが、これで邪神の企みは防げたのだ。
防げたのに、な…。
いや、こんなに早くざまおが現れるとなると、もしかすると他の間男達も動き始めているのかもしれない。
それを目標にするのもありだろうか。
いや、他人の人生に関わるのはもうこれくらいで十分だ。
『…どこまでも舞い散る君の声に…サヨナラフォーリンラ──』
いやいや。
しゃんとしろ。
しゃんと立つんだ。
普通に気持ち悪いだろう。
辺りにはカラカラの枯れ木や、落ち葉があった。何故だろうと探らずともわかるように、どう見ても両隣の家屋に生えている太い木々のものだった。
柵の低い公園に領空侵犯していた。
公園には決して見えないこの小さな広場は、まるで自身の心象を表しているようでいて、そこに無遠慮で入ってくるぶっとい幹がどこまでも鬱陶しかった。
俺はいつの間にかその幹が散らかした枝や葉を拾っては捨て、拾ってはゴミ箱に捨てていた。
『……』
焚き火ってしたら駄目だろうか。
焼き芋したら駄目だろうか。
駄目だよな…。
パッパッと手を叩き、コンビニでも行こうかと立ち上がった。
まだ少し時間はある。
それに流石に女の子の前で歩き焼き芋は失礼な気がするし、何より恥ずかしいのである。
まあ、ジャージは許して欲しい。
今回はちゃんとぴっちりしてるのだ。
それにようやく焼き芋やって〼率が上がってきたのだ。
俺は小学生男子のように、カッコいい形の枯れ木を持ち、意味もなくビュンビュンしながらコンビニに向かった。
◆
萩乃内萌美は、慎一郎との待ち合わせ場所に向かう途中、複数の男児に囲まれ、公園近くの河川敷にある橋の下に連れてこられていた。
『いいか。大人しくしてろよ』
『…』
先程からそんな言葉を言ってくるが、萌美は上の空で聞いていた。
六人の男児に囲まれても別に怖くはない。
どうにも彼らが本気で自分をどうにかしそうだとは思えなかった。
それに今日の彼女は一番のお気に入りを着てきていて、男児達に乱暴に引っ張られるのは嫌だなと思っていたのもあって、素直に従っていた。
『はは、防犯ベルを取り上げて正解だったな』
『昨日は焦ったしな』
そんなことをちらほらと話していたが、萌美はやっぱり上の空だった。
その様子に、男児の一人がゴクリと喉を鳴らした。
『な、なぁ…変なこと言っていいか?』
『なんだよ』
『…こいつなんかエ、エロくない?』
『は、はぁ? 何変なこと言ってんだよ!』
『へ、変だよな! な、なんかそんな風に思ってさ…』
『…』
まあ、確かに。
萌美には心当たりしかなかったが、見抜かれたのだろうかと少し心配になった。
そもそもこの子達の目的がわからないけど、なんだろう。
どうも誰かを待っているようだし。
でも今は走れないしなぁ…。
昨日の大地へのラッキースケベに対する折檻と有栖へのお仕置きもあるけど、今日のデートに沸ってしまい、いくらカッパーランクだとはいえ、お外にGINGAさんを着けて来てしまったのは失敗だったなぁと、萌美は一人別次元の感想を抱いていた。
『ん"…ふっ…』
萌美のその小さな吐息に、ゴクリと男児達は息を飲み、いつの間にか静まり返っていた。
男児達は萌美の放つ得体の知れない強烈な何かに飲まれていた。
彼らの視線は、萌美にとって気持ち悪いのは気持ち悪いのだが、どこか高揚するような気持ちの昂りもあった。
その何とも言えない感覚は、小学校に入っておしっこを漏らした時からずっとあるもので、まるで世界がお前はそうだと叫んでいるかのような違和感があった。
やっぱり、これが萌の予言であってたんだ。
萌美はもう一度俯いた。
確認するように心の奥底に聞いてみるも、やはり嫌な思いが勝つ。
だからそんな運命には負けやしないと萌美は今持てる武器を頑張って頭に浮かべてみた。
萌には、小夜ちゃんからコピーしたあざとさがある。
『あのね、萌ね、ト、トイレ…行きたいな…? …ダメ…かな…?』
『ッ、ダ、ダメだダメだ! 逃げる気だろ!』
『そ、そんなこと、しないよぉ…はんん"』
『ッ!? だ、騙されないからな!』
男の子たちは慌ててるけど、やっぱり小夜ちゃんみたいには上手くいかないかぁ。
でも備えはまだある。
ちゃんと彼らは防犯ベルで安心した。
だからこそ憂いがないのは本当だったと、彼の真剣な瞳を、萌美は思い出してしまった。
『ふぁんん"ッ!?』
『お、おい、大丈夫か…?』
『だ、大丈夫じゃ、ないよぉ…』
『そ、そんなに我慢してんのか…』
そう、そんなに我慢してるの。
いろいろ漏れちゃいそうだった。
危なかった。
大事な思い出を汚すところだった。
あの時すぐに庇ってくれて自分がお漏らししたって言ってくれた大事な思い出を。
『君たちって、走るの、速かったり…する…?』
『あ、ああ! みんな陸上やってるからな!』
『やっぱり、えへへ…萌は足遅いからなぁ…羨ましんん"ッ…な…?』
『ッ?! な、なんなんだよ…!』
あはは。つまりこれは萌の運命の時だと、神様はささやいたんだ。
萌美は腰を後ろに引き、膝を擦り合わせ、男児達に懇願するかのような上目遣いの視線を送りながら考えた。
はっはっと短い吐息を吐きながら考えた。
『お、おい、これ漏らしたら怒られないか…?』
『か、かも…ど、どうする?』
あの予言の書に書かれた未來にはきっとならない。防犯ベルがなくても、きっとわたしは乗り越えられるし、きっと彼のお守りが助けてくれる。
だからこそのあの予言。
乗り越えるためにそれはある。
わたしは今日、その運命に打ち勝つ一番乗りになるの。
他のネトラレラちゃんを差し置いてね。
『も、萌漏れちゃうよぉ…』
太ももを擦り合わせ、もじもじとした萌美の態度と赤らめた羞恥の表情に、幼い男児達は心の奥と下半身のざわつきを止められなかった。
そうして彼らは腰を情け無く屈めながら萌美を公衆トイレに連れていった。
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