第10話

 悪夢の入学式のことを語ろうか。


 いや、偉そうであるな。


 すまない慎一郎氏。


 そう呟いたところで何も返ってはこないのではあるが、それでも俺の置かれているこのエロ漫画世界の歪な姿を、どうか一緒にとらまえて欲しいのだ。





 あの入学式の日、俺は当然ながら、クラス担任である山之内理佐先生を食い入るように見つめていたのだ。



『しんちゃん、何みてるの?』


『…』


『ふーん…ああいうのが良いんだ』


『…え? 何か言った?』


『別にー』



 そんなやり取りを小夜と交わし、エロ漫画特有の色とりどりの髪色の子供達を掻き分けながら俺は席を探した。


 実は俺と小夜以外、この小学校には同じ保育園の子供達は入学していない。


 学区が違う子ばかりで、みんな隣の綺麗な校舎の小学校に行ったのだ。


 反対にこっちはオンボロで、なかなかに継ぎ接ぎ感がすごいのであった。


 花子さんとか三人くらい居そうなくらいであったのだ。


 それよりも人妻リーサが何故ここにと、半ば放心状態で、先程の小夜との会話がおざなりになってしまったのは大きな反省ポイントだった。


 それは後に語るとして、花岡なのでおそらく真ん中くらいだろうと思いきや、割と後ろの方だったことに少し疑問を覚えながらの着席だった。


 そしてまた眺めてはみるが、やはり人妻リーサにしか見えないのだ。


 神んてらのタッチは人物の描き分けが非常に上手く、小夜は別格としても、ネトラレラ達は一人一人違う輝きを放っていたのだ。


 そう、光が輝けば輝くほど、闇はその色を濃く深く増すのだと神んてらはおっしゃっていたのだ。


 原作の回想シーンには、確かに眼鏡の先生がいたが、割とよくあるモブっぽい描き方で描かれており、人妻リーサではなかったと記憶していた。


 いけないリーサにしか見えない先生からの簡単な挨拶が終わると、続けて点呼をすると言うのだ。


 来たのである。


 当たり前だがネトラレラの宝石たる綾小路小夜は窓側一番前だ。小中高と、艶やかな黒髪が春の風に揺られる描写に、いつもときめいたものである。


 そしておそらくきっと、凛とした声が響き渡り、一瞬でみんなの心を掴むのであろう。


 今は若干イカレポンチな小夜だが、心配はしていない。あいつは集団での猫被りだけは最強に上手いのだ。


 スィッチが入る、と言えばいいのか、保育園の卒園式でも魅せていて、園児はもちろんの事、先生、保護者の涙と喝采を掻っ攫ったまさに至極の宝石だったのだ。


 正直なところその頃の俺には原作以外まったく興味がなく、ボヘーッと窓の外を眺めていたのだが、今回は原作の再現なのだ。


 そう思ってドキドキしながら窓際を見たら、なんと前から三番目に座っているではないか。


 しかも窓と窓の間の耐震壁のせいで光が入らない位置だったのだ。暗い。なんか黒髪も真っ黒な大きな瞳も魔女みたいで怖い。何故ならぶつぶつ何かを呟きながら、こちらを睨んでいたからだ。


 …はぁ?


 何メンチ切ってやがんだオメー?


 こっちはまだおらのしんちゃんのクレヨンがひりひりで敏感で鈍感なんだゾ?


 おしっこ行きたいのか、行きたくないのか判断できないくらい痛いからな?


 おむつはまた買うと高いし消化できるかわからないから卒業したはずの夜用肉厚真っ白ブリーフがゴワゴワして気持ち悪いからな?


 それに小夜ママの前でしでかすとか全然許してないからな? しかもあの後ジョンジョジョバーまでやめないとか頭おかしいからな?


 いや、今はそれより席順だ。


 いったい誰が…そう思ったと同時に一番が呼ばれたのだ。



『相之俣さん』

『は、はい』


『雨ノ下さん』

『はい』


『綾小路さん』

『はいっ!』


『ふふっ、元気がいいですね。先生嬉しいです。みんなも綾小路さんみたいに大きな声でお返事してね。次は池野座さん』

『はーい!』



 そうやって点呼が進んでいくが、初々しいお返事に、俺は放心していた。呆けていた。腰が抜けていた。


 小夜の原作通りの振る舞いも、流石の猫被りも、気にならないくらいの衝撃だった。


 マジかよ……おいこれマジかよッ!!?


 いやいや違うはず…でも確かにどこか面影が…嘘だろ…?!


 神んてらの描くネトラレラ達は全員苗字の中間に「の」が着くのが当たり前の常識なのだ…!!


 嘘だろ…。


 相之俣ヒナも、雨ノ下静香も…違う話の幼馴染系ネトラレラなのだッ!!


 そうやって次々と呼ばれる名前にますます心が震え上がっていった。



『花岡…さん…? 君だよね。呼ばれてるよ?』


『へ…? ひぃ!?』


『ちょ、それは酷いんじゃないかな…?』



 そうして周りを見渡せば、俺同様に、高校二年生でネトラレラに酷い目に遭う、優しいだけが取り柄の男、いや男の子達がいたのだ。


 ネトラレラに夢中で気づかなんだ。


 神んてらに何があったのかは知らないが、幼馴染とのNTR物語は大体高校二年生に起きるのだ。


 これマメな? である。


 返事もそこそこに返し、俺は神に祈ったのだ。


 おお、マイゴッ──いや、なんだこれ・・・つまり、このクラスにはネトラレラとネトラレオしかいないのか?


 15対15の男女対なるじれじれ幼馴染どもの夢の狂宴……?


 これ、もしかしてオムニバス的な…ごっちゃ煮…?


 ふ────、説明しよう!


 オムニバスとは、いくつかの独立したストーリーを並べて、全体で一つの作品にしたものなのはみんな知ってるよねっ! 実はラテン語で「全ての人のために」という意味の言葉でもあるんだ! 元々は乗合馬車のことをそう呼んでいたんだねっ! そうして略語が「バス」になったんだよっ! 


 みんな知ってたかな〜?


 いやいやいやいや違うのだ。


 乗りたくないのだ。


 俺はこの明らかに仕組まれた乗合馬車みたいなこのクラスのッ!


 こんなNTR行きのバスになんてッ!


 乗りたくなんてないのであるッッ!!


 想像しただろうか! この人数が未来に丸ごと一斉に寝取られたとしたら同窓会とかどうなってしまうのだろうかと!!


 それすなわち悪夢である。


 震えが止まらない。


 まさに春の嵐である。


 そうやって声にならない声を上げてアヘって震えていたら、後ろの席の男の子が話しかけてきたのだ。



『ね、ねぇ、君ってあの綾小路さんって子の友達? すっごい可愛いよね…俺すっごくタイプ』



 俺はブチギレた。


 内心で。


 オメーの相手は別の子だこのダボがぁぁあああ!!


 そんな色目あちこち使うからスポーティ系褐色肌美少女ネトラレラ! 池野座みくるにあんな風にBSSくらうんじゃいこのボンクラがぁぁぁああッッ!!


 そうやって俺をたぎらすんじゃねー…あぐぅぅッ?!


 おらのクレヨンがぁぁあああ!!


 痛い痛い痛い!!!


 つまりこれどうなっちゃうのッ?!


 どうなっちゃうのぉぉぉおおッッ!?



『あばばばば…』


『しんちゃん!? ふふっ、せんせー! 花岡君がお漏ら───』



 いくら業深き俺でもこれは流石に耐えられないと脳が拒否したのか、前日の疲労のせいか、貧弱だからか、ヒリヒリするクレヨンのせいか、おしっこ漏らして気絶したのだ。


 それが俺の入学式だったのだ。


 そして流石は漫画である。


 結構なジョンジョジョバーであったらしい。


 神の描いた世界とはいえ、マジこの世界嫌なのである。





 そしてどうやらその時、俺が運ばれた保健室で、親父殿とリーサ先生は運命の出会いを果たしたらしいのだ。


 具体的にはおしっこで濡れた先生の服のクリーニング代を渡すや渡さないやの問答で。


 やっぱ俺のせいであったらしい。

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