第54話

 おにぎりもなく、タンクトップではないのについ野に咲く花のような画伯風に呟いてしまったのだが、追跡の旅は順調である。


 美麗とクニオはあの後バイクに乗り、ニケツでブロロと走ったのだ。


 流石に盗んだバイクではないだろうが、追いつけないからと、たまたまいた渡会さんを頼ったのだ。



『ぼっちゃん、やっぱり鍛えた方が良いですよ』


『はぁ、はぁ、あはは…助かりました』


『で、もしかします?』


『ええ、あのバイクを追いかけてください』


『ほっほ。殿の頼みとあらば』


『…殿…?』



 ふっ、なかなかわかっているじゃないか。


 俺は万札を差し出した。



『ならばいけぃ、爺よっ!』


『いや、Gはちょっと』


『あ、すみません』


『ほっほ。どうか渡会と呼んでくだされ』


『いや、呼び捨てはちょっと』


『ほっほっほ。では参りますぞい』


『ぞい? ふべっ!?』


『舌噛まないでくださいよ〜』


『ご、ご安全にぃぁぁぁああ!!?』



 そうして爆速で追いつき、尾けているのだが、音で遊んでいる節はあるが、ちゃんとヘルメットを被るし、被らせるし、DQNというかチャラ男のくせに、何というかしょぼく見えるのは、クニオというパワーなワードのせいだろうか。前世の生きた年代のせいだろうか。


 髪色は似ているのだから、せめて白ランくらい着て欲しいものである。


 しかし…街道沿いのラブホには向かわず、いったいどこに行くのだろうか。





 そうして辿りついたのは人気のない廃校だった。


 渡会さんによれば、ここは元々中学校だったらしい。


 三階建てで長細い形をしていて、数年後には民間のリノベーションによって何かに生まれ変わるそうだ。だが、今はガランとしていて、嫌な予感たっぷりである。


 オラ、ワクワクすっぞ。



『ぼっちゃん、どうします?』


『隠れて待機って出来ますか?』


『ほっほっほ…いいですよ』



 渡会さんはOKの代わりに円マークを出した。


 よくわかってらっしゃる。


 よし、これで退路はOK。いざ、スニーキングミッション、スタート、である。


 ただのイチャイチャなら今後の為、しっかりエロ漫画世界の営みを勉強させてもらおうじゃないか。


 俺は聖人君子ではないのだ。





『こえぇ…』



 先程はついにエロ漫画世界の本領発揮かとテンションが天元突破していたからすっかり忘れていたのだが、夜の廃校など普通に怖いのであった。


 おしっこちびりそうである。


 というかそもそも関わらないと決めていたのに俺という男は本当にどうしようもないのである。


 そんな後悔をしても仕方ないが、急がねばなるまい。


 ナニやら始まっているかも知れない。


 侵入用の金網の穴は俺の入れる大きさではなく、なかなか突破に時間が掛かってしまったのだ。


 何故か渡会さんがデカいニッパーで切り裂いてくれたのだが、あの人は何者なんだろうか。


 まあ今はいい。


 それにしてもいったいどこだろうか。


 シチュエーション的には教室で催されそうだが、相手はネトラレラの姉である美麗なのだ。


 彼女の手足は原作の天華によく似ていて細く長く美しい。


 やはりここはベッドのある保健室ではないだろうか。


 あるいは屋上、あるいは体育倉庫。あるいは部室、あるいは用務員室、はたまたあるいは教職員室や校長室の机の下…何ということだ。


 考えてみればみるほどエロい場所しかないのであった。


 ここは神聖な学舎ではなかったのか。


 などと現実に対して妄想してしまうのだが、この世界では致し方ないし、それが男の子というものである。



『…やはりここはベッドのある保健室だな』



 廃校となったところにそんな備品がまだ残っているのかは知らないが。


 しかし、辺りの静けさたるや怖すぎる。


 俺の吐く息と心臓の鼓動と足音が嫌に大きく響いて聞こえてくる。


 しかし、何だってこんな場所に…。



『耳鳴りでもしてきそうだな──』



 そう呟くと、何やら呻くような声が聞こえてきた…ような気がする。


 廊下の突き当たり、トイレの方からだ。



『マジかよ…』



 考えないようにしていたのに…!


 こんな広々としてるんだから、もっと広々したところでピロピロすればいいじゃないか…!


 それにそういうところは授業中に間男がネトラレラを呼び出していて!


 たまたまラレオもお腹が痛くなって!


 そうしてこう、唸るようなおほ声を聞いてしまうっていう救いのない展開がいいのであってッ!


 そんな風に俺の業ストが……いかんいかんいかん。


 ゴーストとか洒落にならないのである。



『ぶぁ、ぼっ、じゅ、で』


『ぶひッ!? ンン…!』



 ついぶひってしまい、慌てて口を覆ったのだが、何だ今の音…というか声にならない声は。



『ん…ん?』



 何だこの何とも言えない匂いは…? しおたんのヌルヌルクリームは…無味無臭と聞いていたのだが…味もちょっとある。


 これは…俺の手汗か…?


 苦いなんて…なんてストレスだ。鼻も恐怖でおかしくなったのだろうか。


 いや、今はとりあえず和姦か不同意かを見極めねば、かけたコストに見合わない。


 コスパの前ではトイレなど恐るるに足らず、なのだ。



『くそっ、置いて来るんじゃなかった』



 ランドセルは母上殿の車に押し込んできたのだ。その為小学生の正式な武器である縦笛も、振り過ぎてロケット発射するようになってしまった折り畳み傘もないのだ。


 あるのはピカ狩り袋だけである。


 まあ、ただのナップサックなのだが、ピカ狩り必須アイテムボックスなのだ。



『あっつ…くそっ』



 やはりかぼちゃはやめておこう。


 視界も狭いし暗いし俺が怖い。


 暑いと言ったのは決して強がりではなく、おそらくしおたんの夜食のせいなのだが、ここはメッシュ系でいこうじゃないか。


 そうだ。今まさにギルガメッシュナナナナーィッ、かも知れないのだ。


 英雄ギルガメッシュによる受験生の心強い夜食ばんざいかもしれないのだ。高速ペロペロ中かも知れないのだ。


 何言ってるか自分でもわからないが、エロの前でもやはり夜のトイレなど恐るるに足らず、なのだ。





『ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃー…ごめんやしておくれやしてごめんやっしぃー…ごめんやして──…』



 そう小さく祝詞を口ずさみながらそろりそろりと男子トイレに近づき、俺は頑張って中を覗いてみた。


 すると何やら月明かりに蠢く何かが見えるじゃありませんか。


 いるじゃんか。


 やっぱなんかいてるじゃんかよぉッ!?



『……な…』



 なんだこいつは。


 よく見るとそれは男だった。


 しかも何か被っている男だ。


 鏡オチでもなく俺じゃない。


 そいつは薬局とか本屋で貰う、優しさなのか気遣いなのか逆に目立つから嫌がらせなんじゃないのかと常々思っている黒ビニールみたいな袋を被っていて、万歳していた。


 その万歳した両手で、窓の鍵辺りに引っ掛けられているロープを自らギチギチと掴んでいた。


 月明かりの下、その覆面の者はウネウネと腰をくねらせながら、抜け出すわけでもなくダンスしていたのだ。



『びゅるっ、ぶびゅっ…ッッ!!』



 そうやってエロ漫画特有の効果音を時折思い出したかのようにして呻き、ビクンビクンと震えて、またウネウネと動き出すのだ。



『…いやちょっと…えぇ…?』



 学ランから多分クニオだと思うのだが、何してんだオメー…。


 しかし、怖いのは怖いが思ってた怖さと全然違うのだが…


 というかこれ、事件か事案かわからないじゃないか…それに天華姉はいったいどこに居るんだ?


 もしかしてここに居るのは俺たちだけじゃないのか?



『…ん?』



 月明かりに頼ろうとしても覆面クニオの影になってよくわからないのだが、何かが股間に張り付いているように見える。


 何だあれは。


 そう思って、ここにあったであろう張り紙に従うかのようにして、俺は一歩前に出た。


 その時、俺の後ろから声がした。



『君が…彼が言っていた子ね』


『ッッ!!?』



 俺は飛び上がって思い切り叫びたい衝動と恐怖を無理矢理抑え込み、その対象を目で捉えようと振り向いた。


 そこには腰に手を添えて立つ女がいた。


 月明かりの下、ローファーを履いた真っ白な裸の女がいたのだ。

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